第244話 母のお節介には意味がある
おやつを食べ終えた後は、部屋でゴロゴロとしたり、2人でゲームをしたりして過ごした。
5時を過ぎた頃からは遊び疲れてしまったらしく、ウトウトし始めたこまるを膝の上に寝かせて時折揺らしてあげる。
ゆりかごのようなその空間は心地良いらしく、彼女は僅かな時間で深い眠りに落ちてしまった。
「あら、もう寝ちゃったの?」
そこへ入ってきたマコさんは唯斗の前に腰を下ろすと、こまるの頭を優しく撫でながらクスリと笑う。
その表情を見ていると、不思議と『お母さんなんだな』と頷けてしまって、自分までも自然と少し口角が上がった。
「それじゃ、私も一緒に……」
「いや、ダメですよ?」
「ふふ、冗談だよ〜♪」
寝転がろうとしていたマコさんは体を起こしながらケラケラと笑うと、娘の手をそっと握って短いため息をつく。
「この子がこんなに積極的になるなんて、少し前までは夢にも思わなかったよ」
「それは僕もです。こまるはいつも静かでしたから」
「それだけ唯斗くんが好きってことだね!」
「はっきり言われると照れますね」
「さあ、ここで誓いのキスを!」
「無茶言わないで下さい」
彼女も本気で言ったわけではないようで、楽しそうに微笑みながら唯斗の頭を撫でてくる。
その瞳からは自分が甘えたいなんて気持ちは感じられず、見つめる先の唯斗の目を通してこまるを見ているようだった。
「お母さんはね、マルちゃんの幸せを一番に願ってるんだよ」
「それは伝わってきます」
「マルちゃんは元々男の子に興味が無い子だから。二度と好きな人なんて現れないかもしれない」
「まあ、そうですよね」
「そう思うと、何としても成就させてあげなきゃって張り切っちゃう」
マコさんは「そのせいで唯斗くんに迷惑をかけちゃってると思う、ごめんね」と謝る。
首を横に振りながら「謝る必要は無いです」と言っても、彼女はまた謝罪を口にしようとするので、彼はこまるを支えていない方の手で彼女の口を塞いだ。
「いいんですよ。マコさんがこまるのために頑張ってるのを見るの、僕は好きですから」
「……ほんと?」
「大切に思われてるんだなって感じると、胸がポカポカするんです。僕、命の次に温もりが大事だと思ってるので」
「そっか。そう言ってくれると、お母さん元気出ちゃうかも……」
少し照れたのか、マコさんは人差し指で頬をかきながら「えへへ」と笑って見せる。
やっぱり、どこまでもこまるにそっくりで、同時にどこまでも似ていない人だ。
「じゃあ、もっと沢山お節介焼いちゃうね!」
「限度は考えてくださいよ?」
「大丈夫大丈夫♪ 強要するのはキスまでだもん」
「全くもって大丈夫じゃないですね」
「お母さん命令は絶対服従!」
「常識の範囲外は対象外です」
「じゃあ、お母さんの高い高いは?」
「この世のどこに、娘の友達に高い高いさせる母親がいるんですか」
「2人で新しい歴史を作っちゃおう!」
「丁重にお断りします」
完全拒絶されたことで諦めがついたのか、彼女は「仕方ない、夜まで我慢する」と部屋から出ていこうとする。
その後ろ姿を眺めていると、ドアノブを捻ったところで何かを思い出したようにこちらを振り返った。そして。
「唯斗くんの高い高いはマルちゃん専用だもんね♪」
「まあ……そうですね。こまる専用です」
「じゃあ、お母さんは身を引きます! なので、その分サービスしてあげてね?」
「言われなくても、こまるが望むならしますよ」
「ふふ。ありがとう、唯斗くん」
マコさんは最後に意味深な方向に視線を向けながら、「ファイト♪」とガッツポーズをして部屋を後にした。
その行動に首を傾げたのも束の間、唯斗は早速理由を理解することになる。視線を落とした瞬間、こまると目が合ったから。
「高い高い、して」
「いつから聞いてたの?」
「お母さん、『私も一緒に』って、言ったところ」
「すごい初めの方だね」
「……してくれる?」
「断る理由がないよ」
この後、唯斗の腕が悲鳴をあげるまで付き合ってあげたことは言うまでもない。
マコさんの原動力が愛情なら、自分の原動力はこまるに対する友情だろう。
彼はそんなことを思いながら、もう上がりそうにない腕をだらんと垂らしてベッドに倒れるのであった。
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