第243話 気持ちのこもったプレゼント

 マコさんが渋々退室した後、こまるは何やら机の引き出しから折り紙を取り出してきて、一緒に持ってきた本のとあるページを開いて差し出した。

 どうやら何か作って欲しいものがあるらしいが、折り紙とはまた意外な遊びである。


「えっと……これ?」

「ちがう、こっち」


 左側に載っているライオンを指さして聞いてみると、彼女は首を横に振って反対側を示した。

 なるほど、指輪を作って欲しいらしい。マコさんの言葉に少なからず影響されたのだろう。


「いいよ。折り紙は得意だから」


 唯斗ゆいとはこう見えて、小学生の時にあったクラスで千羽鶴を作ろうという企画で、その4分の1を1人でやってのけたほど折り紙が得意なのだ。

 今となってはそんな面倒なことをどうしてしようと思ったのか、自問しても答えが返ってこないほどであるが。


「何色で作って欲しい?」

「唯斗なら、何色、買う?」

「僕は赤かな」

「どうして?」

「ルビィ色でしょ? ルビィって一番傷つかない宝石らしいから」

「強く、なりたい?」

「ううん。夕奈ゆうなに邪魔されても気にしないようになりたい」


 なるほどと言うように頷いてくれる彼女の頭を撫で、「私も、赤がいい」と言うので赤い折り紙を抜き取って折り始めた。

 最後に輪っかを作れる状態にしたら、こまるの指の太さを確認して合うようにしておく。

 その結果、一番細くなるようにしても少し余裕があるようなので、仕方なく見えない位置にセロテープを貼って調節した。


「はい、完成」

「……すごい」

「折り方さえ分かれば誰でも出来るよ」

「誰でも?」


 何やら意味深な聞き返し方に何気なくゴミ箱のある方を見てみると、チラッと緑色の折り紙の端が見えている。

 どうやら彼女も指輪作りにチャレンジしたものの、途中で挫折したらしい。これは悪いことを言ってしまった。


「まあ、向き不向きはあるかもね」

「私も、作りたい」

「わかった、教えてあげるよ」


 折り紙はやり方が決まっていることなので、教えてくれる人がいればまず失敗はしない。

 唯斗は彼女の横で方法を教えたり、時には手を取って一緒に折ったりをして、何とかもう一つの赤い指輪を作りあげた。


「できた」

「よかったね」

「これで、お揃い」


 こまるはそう言いながら自分で折った方の指輪を持つと、彼の左手を取って薬指にそれをめた。

 それはもう、感動的なプロポーズが成功した直後に付けられる婚約指輪のように。


「じゃあ、僕からもお返し」


 唯斗もそれを真似して、もう一つの指輪をこまるの指に填めてあげる。

 完璧な大きさのそれをじっと見つめる彼女は、ほんの少しだけ口角が上がっていた。そこそこ喜んでくれているらしいね。


「唯斗」

「どうしたの?」

「私、幸せになる」

「まだ気が早いと思うけど」

「唯斗も、幸せにする」

「ありがとう、嬉しいよ」


 冗談なのか本気なのかは分からないが、感情が表情に出にくいこまるにもマコさんに似た一面があるということだろう。

 今すぐに答えを出せないことは心苦しかったが、唯斗も自分の中にあるこまるの気持ちに応えたいと言う想いが少しだけ強くなった気がしていた。

 しかし、彼女は満足したように指輪を外すと、唯斗の手のひらの上に返してしまう。


「もういらないの?」

「ちがう」

「ならどうして?」

「指輪は、プロポーズ。それまで、預かってて」

「その時がきたら、本物を渡すと思うよ?」

「ううん。それでいい」


 なるほど。こまるにとってこの指輪は折り紙でも、本物と同じくらいの価値があるということなのだろう。

 唯斗はそう判断すると、「わかった、大事に置いておくね」とカバンから取り出した袋に2つを一緒に入れた。


「物より、気持ち」

「こまるは本当にいい子だね」

「ん……」


 えらいえらいと頭を撫でてあげると、彼女は気持ちよさそうに首を伸ばすので、顎も指先でこちょこちょとしてあげる。

 どこぞの夕奈さんとは違って、『どうせくれるなら指輪がいいなー』的な事を言わない彼女は、唯斗にとってものすごくおしとやかに見えるのだ。


「もっと、撫でて」

「そういうお願いなら、いくらでも聞けるよ」


 それから唯斗は、3時を迎えるまで、ずっとこまるを撫で続けたそうな。

 おやつを運んできてくれたマコさんにその現場を見られ、また「結婚を……」なんていじられたことは言うまでもない。


「お母さん、今日は外泊しようか?」

「何を期待してるんですか」

「お父さんとお母さんは出会ったその日だったよ!」

「変なこと言わないで貰えます?」

「変なこと? 高い高いって変なことなの?」

「……いや、やっぱり何でもないです」


 こまるも同じ勘違いをしたのだろう。それから数分の間、ほんの少しだけ気まずい空気が流れた。

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