第239話 借金からの解放
「ふむふむ」
「天音、これでお泊まりを許してくれる?」
「……」
やはり、夕奈派の意思は硬いようで、こまるの家に行くのには反対したい気持ちが強いらしい。
それでも彼女は短いため息をついた後、指令の書かれた紙を丸めながら仕方ないという風に首を縦に振ってくれた。
「お兄ちゃんが小さい先輩のためにここまでするとは思わなかったよ」
「約束は破れないからね」
「この4日間、師匠と色々してみてどうだった?」
「寝る時間以外は苦痛だったかな」
「なんでやねん!」
夕奈はペシッとツッコミを入れてくるが、彼が真顔でじっと見つめ返すと「え、マジ?」と勝手に慌て始める。
「冗談だよ。苦痛ってほどではないかな」
「よ、よかった……」
「仕事に疲れた週末に足つぼロードを歩くくらい」
「いや、結構苦しむやつやん!」
「夕奈といる時はずっとそんな気分だよ」
「普通に傷つくんだけど?!」
言葉通り普通に胸を痛めている彼女に「冗談冗談、マイケル・ジョーダン」と言ってみたら強めにみぞおちを殴られた。
自分だってこのギャグを前に使ってたくせにね。理不尽撲滅委員会に訴えてやろうかな。そんなのないけど。
「お兄ちゃん、お泊まりは明日から1泊2日だっけ?」
「そうだね。その間は夕奈をお兄ちゃんだと思って」
「いや、お姉ちゃんにしてくんない?」
「えへへ、夕奈お兄ちゃん♪」
「……悪くないかも」
そんな流れで、土日は家にいられない唯斗の代わりに夕奈が天音と遊んでくれることになった。
今から何のゲームをするかだとか、どこに出かけるかだとかを話し合っている様子は、彼の目から見ても微笑ましい光景である。
「じゃあ、僕は泊まりの準備してくるね」
「いってら!」
「いってらー!」
少し大袈裟に手を振ってくれる妹に手を振り返しつつ、唯斗は廊下に出て自室の前へと戻った。
そしてドアノブを掴もうとすると同時に、インターホンの音で手を止める。お客さんが来たらしい。
「唯斗、今手が離せないから出てちょうだい!」
キッチンの方から飛ばされるハハーンの声に返事をして、彼は小走りで玄関へと向かった。
その途中でもう一度鳴るインターホンの音に「はーい」と声をかけ、サンダルを履いて鍵をガチャリと開ける。
「ゆーくん! 聞いてください!」
「ハルちゃん、どうしたの?」
扉を少し開けるなり飛び込んできたのは、何やら大きな本を抱えた
一目見ただけでも慌てていることが分かる様子に、唯斗はとりあえず落ち着いて話すことを促すために自室まで連れていく。
「そこに座って」
「は、はい……」
ここまで走ってきたのだろうということが伺える額の汗を、そっと折りたたんだティッシュで拭ってあげる。
こういう時はハンカチの方がいいんだろうけど、半永久的に心地よい室温に調節されているこの部屋にそんなものは無いからね。
「ハルちゃん、何をそんなに慌ててたの?」
「ゆーくん、これを見てください!」
「これは……アルバム?」
晴香が抱えてきた分厚い本は、写真がたくさん仕舞われたアルバムだった。
教室で撮られたものからどこかのお店で撮られたもの、学校行事の時のものもあれば家で撮られたものまである。
どこにでもあるような思い出のアルバムには違いない。ただ、ざっと目を通した段階で唯斗は一つ気になったことがあった。
「必ず僕たちが映ってるね」
これは晴香のアルバムであって、カップルらしく2人で作ったものではない。
だと言うのに、どの写真にも欠かすことなく彼女と唯斗が写っているのだ。
「これ、本棚の裏に隠してあったんです。その中身を見たら、こんなものが入っていて……」
そう言いながら晴香が差し出したのは、彼の記憶にも残っている一通の手紙。
熱を出して学校を休んだ彼女に授業内容をまとめたノートを届けた時、その間に挟んでこっそりと渡したものだ。
「ゆーくん、この手紙の内容って本当ですか?」
そこに綴られているのは、早く回復して一緒に学校に行けるようになって欲しいと心配する言葉。
それに加えて下に続くのが、普段は照れくさくてハッキリとは伝えられなかった『好き』の2文字。
少しでも喜んでくれればいいと、勇気を出して書いたのだろう。その勇気が後に晴香に気付かせることになるとは知らず。
「……私たち、付き合ってたんですか?」
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