第238話 弱点を突くのも計画的に

「言っとくけど、僕ってビリビリ苦手だから」

「奇遇だね、私もだ!」

「いや、夕奈ゆうなの数倍は苦手だと思う」


 唯斗ゆいとの言葉に、夕奈は「またまたぁ」とヘラヘラしながらぺちぺちと肩を叩いてくる。

 どう見ても信じていないという顔だ。彼は短く溜息を吐きつつ、握らされたリモコンを見つめた。


「そんなこと言って逃げるつもりっしょ?」

「それは無いよ。ただ、先に笑わないでって言っておきたかっただけだから」

「唯斗君のことだから、どうせ何も感じないまま平気な顔で終わるに決まってるよ」

「そういう風に思われるから嫌なんだよね」


 これ以上は何を言っても効果がないと察した唯斗は、さっさと終わらせてしまおうとリモコンを握る手に力を込める。

 同時に彼女の視線が一点をじっと見つめ始め、ボタンを押し込むカチッという音が二人の鼓膜を微かに震わせた。そして。


「んぅ……」


 夕奈が聞いたのは、喉から漏れるような弱々しい声。当たりを見回してみるが、そんなものを発しそうな人物はどこにもいない。

 数秒後にもう一度聞こえてきた同じ声を辿ってみれば、それはどれだけ信じ難くとも目の前の唯斗に行き着いてしまうわけで。


「ゆ、夕奈……いつまで押してれば……」

「あ、もう大丈夫だよ! そういうのは先に決めとくべきだったかな」

「おかげで余計にビリビリされた」

「ごめんって。そんなに怒らなくても良くない?」


 夕奈はそう言いつつも、耳に残る先程の声が気になって「もう一回だけ押してくれない?」と頼んだ。

 もちろんこれには唯斗も反対したが、「一瞬でいいから!」と頭を下げると「それならいいけど」と渋々受け入れてくれる。


「押すよ?」

「うん」

「……んん」

「あ、可愛い」


 今度は手元ではなく彼の顔を見つめてみた。

 ボタンを押す直前の少し怖がるような表情、押した時の堪える表情、電気が止まった後の安堵の表情。

 苦手という話は本当らしく、そのどのシーンを切り取っても彼女にとって見たことが無い表情ですごく新鮮だったのである。


「人が痛がってるのにからかわないでよ」

「いや、本心だって!」

「それでもタチ悪いし頭悪い」

「ひとつ余計だよね?!」

「それだけ怒ってるってことだから」


 彼も彼なりに、夕奈に対して弱い一面を見せてしまったことが恥ずかしいのだろう。珍しく顔を背けて目を合わせようとしない。

 そんな唯斗の様子をチャンスと捉えたのか、彼女はニヤリと悪い笑顔を浮かべながら背後に回り込んでリモコンを持つ手に自分の手を重ねた。


「夕奈、何してるの」

「今のうちにビリビリ克服しちゃおうよ」

「必要ないよ。夕奈以外にこんなの持ってくる人なんていないし」

「じゃあ、唯斗君が可愛い声出してたって瑞希みずきたちにも言いふらしちゃおっかなー?」

「……ゲスの極みだね」


 男女差があってもなお、唯斗は夕奈よりも握力が弱い。ましてや、手を開こうとしている彼が握ろうとしている相手に勝てるはずがない。

 必死に抵抗しようとしても親指を徐々にボタンの方へと動かされていき、小さな凹凸の触れる感触を覚えた。


「夕奈、勘弁してくれたら今度買い物に付き合うよ」

「えー、買い物だけじゃ物足りないなー」

「ご飯も奢ってあげる」

「その後はなにするの?」

「家まで送る」

「そうじゃなくて、他にすることあるやん?」


 唯斗の言葉を聞いて唯斗は必死に頭を回転させる。買い物をしてご飯を食べた後にすることも言えば、帰り道の話になるはず。しかし、それはもう否定されているわけで……。


「デートでいい雰囲気になったのに、そのまま帰るなんてもったいないっしょ?」

「あ、そういうこと?」

「唯斗君がそこまでしてくれるなら、ビリビリはやめてあげてもいいけど……どする?」


 夕奈が聞いているのは、要するにチャラ男が『休憩するだけだから』と女の子を騙して連れ込むあの場所に行く勇気があるのかどうかということ。

 唯斗からすればそんなものがあるはずがない上に、彼女が本気でそんなことを求めているとは思えないため、適当に答えて誤魔化しても良かった。


「いや、さすがに……」


 ただ、自分でも分からないまま深く考えてしまい、思考から抜け出した時には既に耳元で「時間切れ」と囁かれる直前。

 当然答えが間に合うはずもなく、体の芯を何かが走り抜ける感覚に唯斗は膝から崩れ落ちてしまう。


「んん……い、痛い……」

「んふふ、もっと続けちゃおっか」

「お願いだから勘弁して」

「そこまで言うなら許して―――――あーげない♪」


 床にうずくまってもなお、覆い被さるようにしながらビリビリを与え続ける夕奈。

 痛がる様を見てニヤつく姿はまさに悪魔のごとく。抵抗されればされるほど押さえつける力を強め、体の反応を見ながら痛みのギリギリで止めては、また電気を流すというのを繰り返していた。


「唯斗君ってビリビリを前にするとザコだね!」

「もう夕奈なんて大嫌い」

「あれれ、怒っちゃった?」

「もう二度と口聞かないから」

「そんなこと言うなら、また痛くしちゃうよ?」

「……近寄らないで」

「うへへ、拒絶されると追いたくなるのだよ!」


 その後、極悪非道な悪魔夕奈によるビリビリ2回戦が始まったのだが―――――――――――。


「あの、唯斗君?」

「…………」

「本当に悪いことしたなって思ってるよ?」

「…………」

「ごめんってば! いくらでも謝るから、そろそろ馬鹿でもアホでもいいから何か言ってくれない?」

「…………」

「ど、どうしよう……」


 終了後に唯斗が部屋の隅で何も喋らなくなってしまったため、彼女は200回ほど土下座して何とか返事だけはして貰えるようになったらしい。

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