第236話 正面から向き合うことが大事

「よし、もうこっち向いていいよ」


 野球拳で脱いだ服を着直す間、後ろを向いていた唯斗ゆいとはその声で夕奈ゆうなの方を向き直った。

 変態発言をしていたせいで『実はまだ着てないのでは』と疑ってしまったが、ちゃんと着てくれていたので「偉いね」と褒めておく。


「なんか馬鹿にされてる?」

「人の言葉は素直に受け取ろうね」

「それ、前に私が唯斗君に言ったやつだよ」

「記憶にございません」

「夕奈ちゃんは覚えてるもんねーだ!」


 その時の話題が晴香はるかの件だったからか、彼女はそれ以上中身に触れず、「次のお題やろ」と話を前に進めてくれた。


「で、結局『30分間言いなり』にするの?」

「夕奈が変な命令をしないならね」

「私を何やと思っとるんや!」

「深夜ノーパン徘徊女子高生」

「だからそれ別人!」


 夕奈はそう言い張るが、未成年は顔も名前も報道されないからね。

 補導された地域が彼女の住んでる辺りというところから見て、犯人である可能性は高い。

 いや、本心ではそんなこと思ってないけどね。夕奈の中身が変質者なことは間違いないし、からかうと面白いから言っているだけで。


「本当に安全な命令だけ?」

「もちのろんよ! てか、嫌なら拒めばいいじゃん。監視されてるわけでもないし」

「だとしても、天音あまねに出されたお題は正面からクリアしたいんだよ」

「いいお兄ちゃんしてるね。そういうことなら、夕奈ちゃんも師匠として向き合ってやんよ!」

「信じてるからね」

「任せときぃ!」


 ドンと胸を叩いて見せる彼女に、唯斗は渋々言いなりにさせられる権利を渡すことにした。

 きっちりタイマーで30分測り、それがゼロになるまで彼は夕奈のプチ奴隷。それでも下される命令は簡単なものだった……15分を過ぎるまでは。


「夕奈ちゃん、思うんだよね。このチャンスを逃すと本当に馬鹿なんじゃないかって」

「僕は既に馬鹿だと思ってるけど」

「そんなこと言っていいの? 今は優しくしといた方がいいと思うな、きつい命令をされたくないなら」


 開始から20分が経過した頃、唯斗は床に四つん這いになって夕奈のイスになっていた。

 どこのアニメの序列制度学園だと言いたくなる気持ちをグッと堪えつつも、優越感に浸る彼女のドヤ顔を見ればついイラッとしてしまう。


「唯斗君、嫌なら拒んでもいいんだよ? その代わり、天音ちゃんには報告するけどね」

「……下劣」

「ふふふ、なんとでもおっしゃい!」


 完全に女王様状態、調子乗りの最高潮に達している。今の夕奈に歯向かえば、本当に危険な命令をされかねない。

 そうなれば天音との約束を果たせないどころか、こまるにまで悲しい思いをさせることになるのだ。


「夕奈、そろそろ別の命令にしてよ。腕が痛くなってきた」

「私が重たいって?」

「違うよ。普通にこの体勢がきついんだって」

「……なるほどね。仕方ないから変えてあげる」

「ありがと」


 機嫌を損ねないように言葉を選びつつ、何とかイス状態を解除することに成功。

 ただ、次に待っていた命令の内容がマズかった。


「じゃあ、いいって言うまで動かないで」

「何するつもり?」

「いいからいいから」


 彼女は「目も閉じて」と視界を封じると、何やら自分のカバンの中を漁って何かを取り出す。

 そして唯斗の服をめくって腰にソレを取り付けた後、「もういいよ」と全ての命令を解除した。


「……何これ」


 自由になった身で先程触られた箇所を確認してみれば、ベルトのようなものが巻き付けられている。

 夕奈の手にはリモコンが握られていて、何か悪いことを企んでいるかのような意地悪そうな笑い方をしていた。


「復讐しようと思ったのだよ!」

「復讐?」

「そう、ビリビリ尻尾のね!」

「ああ、これビリビリグッズなんだ」


 そんなことを聞いてもなお、大人しくビリビリされる人間はドMくらいなものだろう。

 しかし、唯斗が取り外そうとすると「外しちゃダメ」と命令されてしまった。これでは抗えない。


「ふふふ、もがき苦しむといいわ!」


 彼女は勝ちを確信した表情でそう言うと、こちらに向かってリモコンを構えた。そして。


「スイッチ……オン!」


 カチッとボタンを押す音が聞こえた直後、流れた電気によって苦しむ一つの声が部屋の中に響いたのだった。

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