第226話 お泊まりはひとつの部屋に限る

 唯斗ゆいと夕奈ゆうなの部屋に入ると、案の定こまると晴香はるかは眠っていた。

 こまるはいい意味で遠慮しないでベッドに眠り、晴香は今の彼女らしく謙虚に床に敷かれた布団で横になっている。


「夕奈は部屋主なんだからベッドだよね」

「そりゃそうに決ま……ってちょっと待てい!」


 布団に入ろうとしたところで、夕奈が何やら慌てた様子で引き止めてきた。

 体もポカポカしている心地よい時間、この内に眠りたい唯斗が不満そうな目で振り返ると、彼女は少し言葉に詰まりながらも待たなければならない理由を口にした。


「唯斗君がそこって……まずくない?」


 布団で寝ることの一体何がまずいのか。彼はしばらく首を捻ってから、「確かに」と頷いて眠りに傾いていた体を真っ直ぐに戻す。


「僕が同じ部屋なのはおかしいよね」


 これまでの経験のせいで麻痺していたが、いくらお泊まりと言えど男女は別の部屋で寝るべきなのだ。

 現状、ここで寝て一番危険なのは他の誰でもなく、夕奈に何かされかねない唯斗なのだが。


「いや、ちゃうちゃう。この部屋で寝てええんや」

「急に関西色濃くなったね」

「わい、生粋の関西人やで!」

「そのまま服〇平次のモノマネしてよ」

「怒られちゃうからしませーん」

「誰に怒られるの」


 夕奈は「色んな人から!」と答えつつ、自分たちが寝るスペースを開けるために、ベッドで寝ているこまるの体を抱えあげようとする。

 それを見た唯斗は「起こしたら可哀想だよ」と彼女を止めると、そっと場所を交代してもらってこまるの横に寝転んだ。


「……は?」

「僕、ベッドじゃないと寝れないからさ」

「今日くらいは布団で我慢しなよ!」

「布団にはハルちゃんがいるから無理」


 晴香は手を握るだけで記憶が蘇ることがあるほど。寝ている間もその影響を受けないとは言いきれないため、彼は意識のないうちに近付くのは危険と判断したのである。


「だからってマルちゃんと……」

「大丈夫だよ、寝てるし」

「そ、そう言えばマルちゃんって寝相悪かったような気がするなー?」

「夕奈は寝言がうるさい」

「海に行った時だって、『花火しよう』って寝言言い始めてさ」

「いや、意識ありましたけど?!」

「夢遊病もあるのかな。海まで連れてかれたし」

「私寝ながらネズミ花火投げたと思われてたん?」

「ネズミ花火ならぬ、寝ずに花火だね」

「やかましいわ!」


 唯斗は「てか、それだと起きとるやないか」というツッコミを受けつつも、そのままベッドに寝転んで返事をしなくなった。


「ねえ、3人は並んで寝れるよね?」

「ハルちゃんを1人にするの?」

「っ……わーったよ! 寝りゃええんやろがい!」

「代わりに、今度学校の机で一緒に寝たげるよ」

「ただ居眠りしたいだけだよね?」

「……さては夕奈じゃない?」

「いや、私だってそれくらい頭回るから!」


 彼が怪しむように目を細めると、夕奈は怒ったように頬を膨らませてベッドに乗り込もうとしてくる。

 それを軽く押さえつけるようにして引っ込めさせてから、わざと広く陣取ってベッドを占領すると、彼女は渋々布団へと入ってくれた。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

「……唯斗君、電気消してよ」

「夕奈が消して」

「ベッド占領に加えて図々しくない?!」

「すぅ……すぅ……」

「寝たふりするなし!」


 従っておかないと一晩中やかましくなりそうなので、仕方なく体を起こして電気のスイッチを押しに行く。

 帰りは真っ暗になった部屋の中を手探りで進み、ベッドに沿ってこまるの位置を把握して隣まで移動した。


「……ん?」


 寝転ぼうとして違和感を感じた唯斗がスマホのライトをオンにしてみると、何故か自分が寝ようとしていた場所に夕奈が寝ているではないか。

 この構図では、彼女が寝ているところに唯斗が忍び寄ったと勘違いされかねない。そんなことが頭を過った彼は、強引に夕奈の手首を引っ張った。


「ほら、退いて」

「やだね!」

「はぁ、何が目的?」

「唯斗君と一緒に寝たい!」

「いつかするから、今日は大人しく寝させてよ」

「5日?」

「そう、いつか」


 彼女は少し悩んだ後、「仕方ない、夕奈ちゃん大人だかんね」とよく分からないことを言いながら布団に戻ってくれる。

 これでようやく平穏が訪れたので、朝までぐっすり眠れる……そう思った矢先。


「……?」


 隣でモゾモゾと動いたこまるが、突然寝返りを打って抱きついてきたのだ。

 目を凝らしてみればこちらを見つめる瞳が2つ。夕奈は気付いていないらしいが、彼女はずっと起きていたらしい。


「えっと……」


 何をいえばいいのかわからずに困っていると、こまるは人差し指を唇に当てながら「しーっ」と静かにのポーズをして見せた。


「ひみつ」


 そう耳元で囁いく彼女に、唯斗はただ頷くことしか出来なかった。

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