第212話 自分を型に填めるより、周りを変える方が楽な時もある

 結局、夕奈ゆうなは魔女の仮装を買った。天使は唯斗ゆいとの反応がいまいちだったからやめるとのこと。

 世間は広いんだし、何も僕の意見を当てにしなくても……とも思ったが、本人がそれでいいならと何も言わないでおいた。


「ところで、頭のそれは何?」

「見たらわかる、天使の輪っかやん」

「どうしてそれだけ買ってるのって意味だよ」

「面白いじゃろ!」

「……いや、別に」


 先程のコスプレをしての輪っかならしっくりくるが、私服に輪っかはもはやおかしな趣味の領域である。

 正直知り合いだとも思われたくないし、3mくらい離れて歩いて欲しい。そう思うほど、今の夕奈は通りすがりの人に変な目で見られているのだ。


「ていうか、針金丸見えだね」

「輪っかが浮くわけないやん?」

「そうだけどもっと隠せなかったのかな」


 太い針金が見えていることもあって、天使と言うよりかは天使になりすました悪魔のように見える。

 まあ、実際身に着けている本人が悪魔みたいなものだから、そこまで違和感はないんだけどね。

 そんなことを思いながら下の階へ降りた唯斗は、少し奥の方にある店の前で立ち止まった。


「では、行ってくるので待っていてくださいね!」



 晴香はるかはそう言って店の中へと入っていく。ここはズボンの裾上げや服のサイズ調整をしてくれる場所である。

 さすがに唯斗の体に合うミニスカポリス衣装では大きすぎるので、ハロウィンまでに小さく作り直してもらうのだ。


「そこに座っとこうか」

「はーい」


 近くのベンチに腰かけた唯斗は、やたら体を寄せて座ってくる夕奈を数cm押し退けてから、眠たそうに大きなあくびをする。

 そろそろおやつ時。彼がそこそこ眠くなってくる時間帯なこともあって、歩き疲れた体から少しずつ意識が抜けていくのを感じた。


「ねえ、唯斗君」

「……ん?」

「唯斗君が着てたのを晴香ちゃんが着るんだよね?」

「そうだね、あれは仕方ないし」

「……ズルいじゃん」


 眠気に襲われる頭では一体何がずるいのか理解できなかったが、彼女の「唯斗君の匂いの染み込んだ衣装……」という呟きで点と点が線になる。


「人の着てたものなんてもらって嬉しいの?」

「唯斗君なら嬉しいもん」

「なら、僕が今着てるのあげようか?」

「欲しい!」

「……冗談だよ。だからそんなキラキラした目で見つめないで」


 まさか本気で欲しがっていると思わなかった唯斗は、「くれないの?」と落ち込んでしまう夕奈の様子に耐え切れず、後日プレゼントすると約束してしまった。


「絶対だかんね?」

「はいはい、3回洗濯機で洗ってからあげるよ」

「洗わなくていいから!」

「いや、せめて1回は洗わせて」


 人に服をあげるという行為自体がおかしいとは思うが、汚れたものを渡すのはもっとおかしい。

 というか、人の下着を盗んだ前科がある夕奈のことだから、服の匂いを嗅いだりしかねないし。本当なら渡すのすら嫌なんだから。


「まあ、そろそろ買い換えようと思ってた服だし、ちょうどいいと言えばちょうどいいんだけどさ」

「なっ?! 買い替え直前の服をデートに来てきたってこと……?」

「デートじゃなくてただの買い物でしょ」

「夕奈ちゃんにとってはデートやし!」

「はいはい、次は新しい服を着てくるから」


 眠い頭に彼女の声はガンガンと響く。なるべく早く静かにしてもらうため、「むふふ、次があるってこと?」という言葉は適当に流しておいた。


「でも、ただで貰うのもあれだし、私からも何がお返しをしようかな」

「僕に話しかけない券1万枚とか?」

「父の日のプレゼントか! ていうか、そんなの渡すわけないでしょ!」

「あの時はあんなすごい券、渡してきたのに?」

「……まだ持ってるの?」

「もちろん、大切に保管してる」

「か、勘弁してください……」


 内容はやはり秘密のままにしておくが、あの存在を知っているのはここにいる2人と風花ふうかだけ。

 おそらく一生使うことはないと思うが、脅し材料としては活用できそうなので、しっかり財布に入れて持ち運んでいるのである。


「あ、お返しの内容リクエストしていい?」

「……キスまでだかんね?」

「頼むわけないでしょ」


 ちょっと期待したような表情を見せる夕奈の頬をペちんと軽く叩いてから、彼は彼女の太ももへと視線を移した。


「や、やっぱりえっちなこと……?」

「違うよ。膝枕して欲しいんだ」

「え、こんな場所で?」

「砂浜もベンチも変わらないよ」

「変わるよ?! めちゃくちゃ変わるし!」


 ぷいっと顔を背けながら「恥ずかしいから無理!」と珍しく羞恥心を露わにする夕奈。

 そこまで拒まれては仕方が無いので、唯斗は仕方なく「夕奈の膝枕、好きだったんだけどなぁ」と言いながら背もたれに体重を預けて目を閉じる。

 しかし、しばらくすると横から引っ張る力によって体を倒され、右頬にむにっと柔らかくて温かい感触が伝わってきた。


「……そこまで言うならしてあげるしかないじゃん」

「夕奈、無理しなくていいよ」

「ううん。私も膝枕してあげたい気分だったし」

「どういう気分なの、それ」

「い、いいから大人しく寝なさい!」


 そう言って顔を太ももにグイッと押し付ける彼女。相変わらず細いがゆえに弾力が足りず、高さも唯斗の好みには微妙に合わない。

 それでも何故か心地よい眠りにいざなってくれるような、ほんわかとした安心感を持った太ももだったとここに記しておこう。


「すぅ……すぅ……」

「結局、誰の太ももでも寝れちゃうんじゃん」


 そんな夕奈の呟きは、既に夢の国へ旅だった彼の耳に届くことは無かった。

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