第211話 何事においても鍵は大事
試着室に入ってから数分後、次に姿を見せた
その背中には同じく白い双翼がついている。そう、天使のコスプレだ。
「
「いや、
「天使の方が可愛いやろがい!」
そう言って拳を握り締める夕奈は、
「言われてみれば佐々木って苗字って可愛いね」
「有名人にもいるし」
「ふっ、それに対して
「全国の小田原に謝って」
「痛い痛い! 腕取れちゃう!」
少し褒めたら調子に乗っちゃう悪い子は、腕をグイッと後ろにやって痛めつけておいた。
それでも「戸籍を小田原にしてあげるから許して」なんて言ってくるあたり、いくらやっても反省しなさそうだけど。
「それで、どうして天使?」
「女の子と言えば天使っしょ♪」
「初耳なんだけど」
晴香も「私も初めて聞きました……」と言っているので、唯斗が世間知らずというわけではないらしい。
ということは自動的に夕奈がズレているということになるのだが、本人が気にする様子は特になかった。
「可愛いは正義、よって夕奈ちゃんが正しい!」
「どこの独裁者なの」
「ショッピングモールの独裁者じゃよ」
「なんか弱そう」
「なんやて? 全国のモールの独裁者に謝って!」
「そんな人居ないと思うけど」
居たとしたら謝るけど、多分謝らなくても大丈夫なタイプの人だと思うし。
唯斗は夕奈の言葉を適当に流しつつ、少し前から何やら眉をひそめている晴香の方へ顔を向けた。
「どうしたの?」
「手錠がキツくて……」
「ごめん、そろそろ外そっか」
「お願いします!」
そう言われてロックを解除しようとして、外すには鍵が必要なことに気がつく。
手錠を持ってきた夕奈なら持っていると思って「鍵は?」と聞いてみたが、キョトンとしているところを見るに知らないらしかった。
「お店の人に聞いてみようか」
「は、はい……」
「大丈夫、ちゃんと外せるはずだから」
不安そうな晴香の背中を撫でながら、レジで作業をしている店員さんに声をかけてみるが、手錠を渡した時に鍵も渡したとのこと。
他に鍵は無いのかと聞いてみたが、ミニスカポリスはそれが最後の一着なので、鍵もそのひとつしか無かったんだとか。
「夕奈、鍵を落とした覚えはないの?」
「無い!」
「ドヤ顔しないで」
「最悪壊しちゃえば?」
「手錠は服とセットだから無理だよ。鍵がないなら丸ごと買い取りになるって言われたし」
ドラキュラの衣装だけでもそれなりの値段なのだ。唯斗の今の手持ちからして、2着目を買えなくはないが遠慮したいというところ。
そもそも女装はさせられているだけで、自腹を切ってまでミニスカポリスが欲しい訳でもないからね。
「仕方ない、一緒に探してやんよ」
「夕奈が無くしたんだから当たり前でしょ」
「えっと、確かここを通ってきたから……」
「人の話は最後まで聞こうね」
「唯斗君に言われたくないですよーだ」
「僕が聞かないのは夕奈の話だけだから」
「あー、傷ついた! もう探さないもんね!」
そう言ってイスにどっかりと座ってしまった彼女だったが、晴香が「手首痛いです……」と呟くと、「ひ、暇だから探すし」と立ち上がってくれた。
「この辺まではあった気がするから、落としたとしたらこの辺りだと思うんだけどねぇ」
そんな独り言を口にしつつ、晴香のいる場所の近くをウロウロとする夕奈。
彼女がしゃがんだり立ち上がったりを繰り返す度、背中の羽が顔に当たって少しくすぐったそうだった。
それを見兼ねて注意しようとした時、唯斗はふと晴香の表情が引き攣ったのに気が付く。苦笑いの類ではなく、何かを我慢する時の顔だ。
「ふぁ……ふぁ……」
「夕奈、そこどいて」
徐々に込み上げてくるソレに、彼女の鼻がピクっと動く。彼は咄嗟に夕奈を横へ押しのけると、慌てて晴香の口を塞ごうとして―――――――――。
「くちゅんっ!」
――――――――――間に合わなかった。
両手が後ろで拘束されている彼女は自ら手で押さえることができず、くしゃみによる飛沫が近付いていた唯斗の衣装にかかってしまう。
恐ろしいウイルスが蔓延している時代だったら、この様子をSNSに拡散されて人生が終わっていただろうね。良かったよ、こんなにも平穏な時代で。
「ご、ごめんなさい! 我慢できなくて……」
「僕は大丈夫。でも、衣装は無事じゃないね」
しかし、どんなに平和な時代でも店において絶対に変わらないことがある。
それは『商品を汚したら弁償しなければならない』という暗黙のルールだ。店側も汚されたものは売れないからね。
「お客様、明らかに唾液が飛びましたよね?」
「ひゃい?! 申し訳ありませんでした!」
「では、どうされるおつもりで?」
「か、買い取ります……」
そういうわけで、晴香の仮装は強制的にミニスカポリスに決定することになったのだった。
夕奈が鍵を見つけたのは、それから2人がお会計を済ませた10分後のことである。
結局、「えへへ、スカートのポケットに入ってた」と聞いた時には、大きさの丁度よさそうな耳の穴に鍵を半分くらい突っ込んでやったよ。
「あ、ちょ、唯斗く……んっ……」
まあ、晴香が見ちゃいけないものを見たって顔をしてたから、気まずくなってすぐにやめたけどね。
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