第210話 叱る時はしっかりと

 晴香はるかの参加が決まった後、瑞希みずきに電話をして『問題ない』の一言を貰った後、彼女の仮装衣装を選ぶことになった。


「それにしても、本当に女の子みたいです」

「ハルちゃん? 僕じゃなくて服を見てね」

「ゆーくん肌すべすべで触り心地がいいです」

「くすぐったいからやめてよ」


 選ぶことにはなったのだが、晴香の関心はそれよりも唯斗の女装姿にあるようで、腕やら太ももやらを擦っては「気持ちいい……」と頬を緩める。

 その様子を如何なものかと思ってくれたのか、夕奈ゆうなが強引に引き離して叱ってくれた。


「晴香ちゃん、ダメだよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「触るならもっといやらしく触りなさい!」

「違う、そうじゃない」


 とりあえずニヤニヤしながら太ももを撫でようとしてくる夕奈はデコピンで撃退し、「い、いやらしくですか……?」と困惑する晴香はそっと立ち上がらせてあげる。


「人の体をベタベタ触るのはやめようね」

「ちょんちょんならいいんですか?」

「腕なら考える」

「すべすべの太ももに挟まれる夢が……」

「おっさんか」


 なるべく優しくしようとは思っていたけれど、どうやらお仕置きが必要なのは夕奈だけではなかったらしい。

 そう判断した唯斗は、一回目ということを考慮して優しめのほっぺつねりのみにしてあげた。


「反省した?」

「ひまひは」

「二度と夕奈みたいなこと言わないでね」

「ふぁい」


 ほっぺが伸びて欲張りなリスみたいになってはいけないので、伸ばした後はむにむにと押しておく。

 これが効果あるのかは分からないけれど、触り心地が良かったので良しとしようかな。


「今、ゆーくんもベタベタ触りましたよね?」

「これはお仕置きだからノーカン」

「ズルいですよ!」

「まだお仕置きされたいの?」

「な、なんでもないです……」


 世の中ではこうして小さな声がもみ消されているのかな。そうだとしたら、僕たちが思っているよりも闇は深いのかもしれない。

 そんなナレーションを心の中で入れつつ、唯斗は何やらニヤニヤしながらこちらへ近付いてくる夕奈へと視線を向けた。


「せっかくのポリスなんだし、これ使ってみてよ!」

「……手錠?」

「そのコスプレを買うとついてくるみたい」


 ポリスに手錠というのは真っ当な組み合わせだろう。腰の辺りに着けているとそれっぽさが増す気もする。

 しかし、『使ってみて』とは一体誰に対してということなのだろうか。そう首を傾げていると、彼女は唯斗の背後を指差した。


「晴香ちゃん、危険だと思わない?」


 その言葉に振り返ってみると、晴香が自分の足元にしゃがんでいるではないか。それも怪しい位置に手を伸ばした状態で。

 何をしているのかと聞くまでもない。やはりお仕置が少しばかり足りていなかったらしいね。


「珍しく夕奈の意見に賛成だよ」

「でしょ?」

「ハルちゃんには悪いけど、僕の太ももを守るためだから我慢して」

「わ、私は何もしてません! 無実です!」

「現行犯逮捕だから」


 カシャッと後ろ手に手錠が付けられ、両手の自由を奪われてしまった晴香。

 彼女はしばらくもがいていたが、おもちゃの割に頑丈だと理解してからは、諦めたように大人しくなった。


「唯斗君の平和は守られたってね」

「めでたしめでたし」

「まあ、守ってあげたんだから夕奈ちゃんには太ももを自由に触る権利があるよね?」

「その理屈はおかしい」


 ちゃっかり晴香の代わりに堪能しようとする夕奈を止めようとするも、素早い動きで腕の下に潜りこまれて脚に抱きつかれてしまう。

 助けたから代わりに……なんてどこぞの18禁アニメじゃないんだから、許されるはずがないと言うのに相変わらず図々しい人間だ。


「何これ、ほんとにすべすべやん!」

「やめてよ、気持ち悪い」

「可愛い女の子に触れられて気持ち悪いとは、唯斗君はそれでも男か!」

「男の体に触れて喜ぶ神経が理解できない」

「この触り心地は誰でも喜ぶって♪」


 夕奈はそう言いながら自分のスカートをたくし上げると、「まあ、夕奈ちゃんの方がすべすべだけどね」とドヤ顔をして見せる。


「なら試しに触らせてもらおうか」

「ひゃうっ?! ちょ、何普通に触ってるの?!」

「人の脚に抱きついといてよく言うね」

「美少女の脚ぞ? タダで触っていいわけあるかい」

「十分体で払ってると思うけど」

「女装がなんだ! 私だって男装くらいできるし!」

「へえ、騒音機なのに人間のコスプレ出来るんだ」

「ぐぬぬ……バカにしおってぇ……」


 余程悔しかったのか、下唇を噛み締めた彼女は一着のコスプレを棚から取ると、「骨抜きにしてやんよ!」と叫んで試着室へと飛び込んでいく。

 今はハルちゃんの着るものを選んでいるところだというのに、本当にマイペースで困っちゃうね。


「……でも、確かにすべすべだったなぁ」


 病みつきになりそうな触り心地を思い出しつつ、唯斗は自分の右手を見つめながらそう呟いたのだった。

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