第213話 兄、妹にカメラを向ける

 夕奈ゆうならとの買い物から数日後、学校から帰ってきた唯斗ゆいとは、目の前の光景に目を丸くした。


「お兄ちゃん、おかえり!」


 元気に出迎えてくれた天音あまねが、何故か見覚えのある白い布から顔だけを出していたから。


「天音、それどうしたの?」

「さっき、夕奈師匠がくれたの!」

「……こっそり買ってたんだ」


 そう言えば、今日の夕奈はホームルームが終わると同時に猛ダッシュで帰っていった。

 お腹でも痛いのかと気にとめていなかったが、そういうことだったのなら礼を言わないといけないね。

 確か店の中で一番安い仮装だったような気もするけど、お財布の面を考えればプレゼントとしては妥当だろうし。

 むしろ妹にまで気を遣ってくれるとは、歩く騒音機にしてはなかなかいい所があるではないか。


「でもお兄ちゃん、これってなんなの?」

「可愛ければなんでもいいよ」


 こんなお化けなら毎日でも出てきていいかもしれない。そんな兄バカなことを考えつつ、愛らしいお化けを連れてリビングへと戻る唯斗。


「そうだ、写真撮っとこ」

「むっ……天音の許可を取りなさい!」

「撮ってもいい?」

「ダメです」


 断られるも一枚パシャリ。怒りながら迫ってくるシーンをもう一度パシャリ。

 それらをお礼のメッセージを添えて夕奈に送っておいた。なかなかいいお返しではないだろうか。


『ふふん、可愛いお化けだね!』

『夕奈の3倍は可愛い』

『それは言い過ぎじゃろ』

『5倍と言いたいところを3倍にしてあげてるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいなんだけど』

『よし、仮装は返してもらおう』

『天音がなんて言うかな』

『……卑怯者め』


 最後に『夕奈にだけは言われたくない』と送信して、彼はスマホを机の上に置く。

 そして警戒する妹おばけを抱っこしてあげようとした直後、違和感に気が付いてやっぱりやめた。


「天音、服は?」

「着てないよ」

「……夕奈と同じことしないでよ」


 女の子の間では、お化けの仮装をする時は服を脱ぐというのが流行りなのだろうか。

 そんなブームもルールがあるという話も聞いたことがないし、その必要は無いと思うんだけどね。

 そう心の中でため息をつきつつ、唯斗はソファーの上に畳んである服を見つけて手に取る。

 しかし、スカートとシャツの間からそれが見えると、ピタリと固められたように動きを止めた。


「天音、一応聞くけどその下って……」

「何も着てないよ?」

「それは下着もってこと?」

「もちのろんよ♪」


 夕奈でも下着は着けていたというのに、天音がそれを上回ってしまうとは思いもしなかった。

 しかも、いつの間にかスポーツブラじゃなくて、普通の下着に変わっているではないか。

 兄の知らないうちに妹が大人になってるという事実に、彼はストレートとフックを同時に受けた気分だった。


「別に家だから大丈夫だよ」

「その考えは危ないよ。お兄ちゃんが天音大好きになるかもしれないから」

「もうなってるでしょ?」

「確かに」


 自分が悪者になってでもまともに育ってもらおうとしたが、するりと上手く流されてしまう。

 それもずっとお化けの仮装をしたまま。この存在、可愛い以外の何者でもないのだ。


「もう一枚撮っとこうかな」


 そう呟いてスマホを取ろうとした時、インターホンが家の中に鳴り響いた。

 兄妹の時間を邪魔するのは一体誰だと確認してみると、カメラに映っていたのは花音かのん。夕奈では無いのですぐに応答してあげることにする。


「今開けるね」

『はい! お願いします!』


 ぺこりとお辞儀する彼女を微笑ましく思いつつ、玄関へ向かおうとしたところで天音が前に立ちはだかってきた。


「天音が行く」

「別にいいけど……」


 唯斗は、天音は師匠が大好きなんだなぁと胸が温かくなるのを感じ、優しく背中を押して見送ってあげる。

 それからソファーに座ってくつろごうとした瞬間、彼は甲高い悲鳴を聞くことになった。


「お、お化けが襲ってきますぅぅぅぅぅ!」


 その後、いたずらが過ぎてしまった天音が花音に謝らせられたことは言うまでもない。

 容疑者は「あんなに怖がると思わなかった」と供述しているが、花音が涙目で可哀想なので兄裁判で花音に抱きしめられるの刑に処しておいた。

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