第208話 役になりきるには情報収集が大事
「開けるよ?」
「ばっちこーい!」
深呼吸をしてからカーテンを開けると、そこにいた彼女は何故か新たなコスプレをしていた。それもかなり露出の多めのやつだ。
「何それ」
「えへへ、これはサキュバスだよ♪」
「バイ〇ンマンかと思った」
「は行の人やないわ!」
もちろん、唯斗は実際にサキュバスを見たことがあるわけでは無いが、二本の角やしっぽの感じからして虫歯菌の擬人化と言った方がしっくりくる。
「というか、肌出しすぎじゃない?」
「ビキニアーマーよりマシっしょ」
「それはそうだけど……」
そう言えば、
「どうして背けるの?」
「見ちゃいけない気がするから」
「私のことは女の子として見れないんじゃなかったっけ?」
「そうだけど……」
歯切れの悪い返事を聞いてにんまりと笑った夕奈は、まるで初めからそうするつもりであったかのように、躊躇うことなく試着室に入り込んで来る。
そして後ろ手にカーテンを閉めると、腰あたりから生えているしっぽの先で唯斗の頬をツンツンとつついてきた。
「……鬱陶しい」
針金でも入っているのか、地味にチクチクと痛いので手で払うが、それでもやめようとしないので強引に掴んで止める。
「なんだ、電流は流れないのか」
「いや、そんなマニアックなグッズは置いてないかんね?」
「そのマニアックなものを夕奈は……」
「ちゃうちゃう! あれはお姉ちゃんのだから!」
反論の勢いに任せて「私はあんなの……」と言いかけた彼女は、「って、話逸らさないで!」と頬を膨れさせた。
そしてブンブンと首を横に振って気持ちをリセットすると、見せつけるように舌なめずりをしつつ体を密着させてくる。
「唯斗君、すごく可愛い」
「……顔近くない?」
「そういうの気にしちゃうんだ?」
「気にするというか……」
「キスしたんだから、ゼロ距離でも問題ないよね?」
夕奈の「何なら、もう一回しちゃう?」と軽く唇を突き出す姿に、唯斗は思わずクラッとしてしまった。
何と言うか、彼女には演技の才能があるらしい。今のはまるで、本当にサキュバスが人間の男を誘惑する時の表情に見えたから。
「遠慮しとく」
「遠慮なんて必要ないよ。夕奈ちゃんは唯斗君の唇を待ってるんだから」
「したいなら強引にすれば? 前だってそうしたんだから」
「唯斗君からがいいの。誰にもバレないから、ね?」
夕奈が時折背伸びをして顔を近付けてくる度、フワッと甘いシャンプーの香りが漂ってきた。
この誘いは罠だ、嵌ったら二度と抜け出せないタイプの。そう頭ではわかっているはずなのに、ちゃんと拒むための言葉は用意できているのに。
「……」
「……」
手は自然と彼女の腰と後頭部に添えられ、優しく自分の方へと引き寄せる。
そして背伸びする彼女に覆い被さるように上から顔を近付けていって―――――――――――。
「……」
「……唯斗君?」
直前で思い留まった。こんなこと、こまるへの返事もしていないというのに、また繰り返していいはずがないのだ。
「はぁ、何やってるんだろ」
「……しないの?」
「夕奈の演技が上手くて流されただけだよ。もう正気に戻ったから大丈夫」
唯斗はどこかしゅんとする夕奈の頭を撫でると、「似合ってるけど、夕奈には早いんじゃないかな」と今一度コスプレを確認してみる。
「そもそも、サキュバスって何か知ってる?」
「それくらい知ってるし! キスして男の人から生気を吸い取るんでしょ?」
「……まあ、そういうことにしとこう」
これだけのことをしておいて、重要なポイントが抜けているあたりが憎めない。
まあ、純粋な心は大切にするというのが彼のポリシーなので、「え、違うの?」と首を傾げる夕奈には正解だと嘘をついておいた。
「大人になれば、どうせ知るだろうからね」
「ふふふ、夕奈ちゃんが唯斗君の生気を貰う!」
「……それ、僕以外に言ったらダメだよ。黒歴史になるだろうから」
「はぇ?」
これでいいのだ、僕の選択は間違っていない。唯斗は自分に言い聞かせるように何度も心の中で繰り返しつつ、やはり何も分かっていない彼女に早く着替えるよう指示するのであった。
「あの格好、輩に襲われても文句言えないね……」
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