第205話 美食は危険
「結局、お昼過ぎちゃったね」
「
「人のせいにしないでよ」
そんな会話をしつつ、電車に揺られてお馴染みのショッピングモールへとやってきた2人。
色々あってお昼ご飯を食べていないので、彼らはとりあえず目的地に向かう前に腹を満たそうとフードコートへと立ち寄った。
「うわ、結構混んでる」
「日曜日だとこれが普通だと思うよ。向こうに空いてる席あるから取ってくる!」
「うん、お願い」
「
ドンと胸を叩いてから、トコトコと小走りで2人用の座席へと向かう夕奈。
荷物も置いていないし綺麗に掃除されている、正真正銘の空席だ。彼女はそれを確認すると、こちらへ手を振ろうとして……。
「唯斗く――――――――」
吸い寄せられるように顔を右側へ向けた。
唯斗もその視線の先を確認してみると、料理の乗ったトレーを持ってキョロキョロしているおばあちゃんの姿が見える。
どうやらこういう場所に慣れて居ないらしく、席を取る前に料理を買いに行ってしまったようだった。
「……」
夕奈は少しの間席とにらめっこすると、カバンをイスの上に置いておばあちゃんに歩み寄る。
そして耳元で何かを囁くと、自分が取っておいた席まで案内してから、カバンを持ってこちらまで戻って来た。
「唯斗君、席見つからなかった」
「全部見えてたから嘘つかなくていいよ」
「あはは……ごめんね、余計なことして」
「謝らないでよ、いいことしたんだから」
席を取ると宣言した手前、手ぶらで帰ってきたことに申し訳なさを感じているのだろう。
唯斗はそんな彼女の頭をポンポンと撫でると、「そういうところは好きだよ」と微笑んで見せた。
「ふ、不意打ちは酷いよ……」
「好きって言えって言ってくるのは夕奈でしょ?」
「それはそうだけど、何か違うというか……」
「あ、向こうの席空いた。夕奈号発進」
「はいはい、取りに行きますよーだ!」
何が不満なのか、べーっと舌を出してから次なる席の確保へと向かった彼女。
今度はしっかりと自分たちのものにして、荷物の見張り役をするために交代で食べ物を買いに行った。
「へえ、唯斗君は親子丼が好きなの?」
「写真が美味しそうだったから」
「夕奈ちゃんはオムライスやで!」
「聞いてないけど、言いたいことがあるなら聞くよ」
「ものすごく話しづらい空気にしてくれてどうも」
夕奈はオムライスを乗せたトレーを机に置くと、「いーっ!」と歯を見せる威嚇をしてからスプーン片手にいただきますと手を合わせる。
唯斗もしっかり手を合わせてから、ふわふわな卵の中にスプーンを滑り込ませていった。
「んふふ、これは絶品だよー♪」
「……」
「唯斗君どしたの? まさか欲しいのかにゃ?」
そんなに絶賛するような味なら、興味をそそられるのは仕方がない。
彼は目の前でゆらゆらと揺らされるオムライスの誘惑に抗えず、ついにこの言葉を口にした。
「一口、食べてもいい?」
その言葉を聞いた彼女は「そう言うと思ったぜ」と笑うと、スプーンでオムライスをすくって差し出してくる。
しかし、これは夕奈が一度使ったスプーンだ。世にいう『あーん』なるものをするわけにはいかなかった。
「じゃあ、遠慮なく」
唯斗は近付いてくるスプーンをかわして自分のスプーンでオムライスをすくうと、そのまま自分の口へと運ぶ。
目の前で「あぁ!」と悔しそうな顔をされるが、「確かに美味しいね」と頷くとすぐに「でしょー?」とドヤ顔になった。作った本人でもないのにね。
「代わりに親子丼の毒味をさせてあげる」
「毒味言うなし」
「ちなみにオムライスに毒は盛られてなかったよ」
「知っとるわ!」
彼女はそう言いながら親子丼を自分の方へ寄せると、パクッと一番大きい鶏肉と一緒に食べた。
そしてしばらくそのまま固まると、ゴクリと飲み込むと同時にイスごとひっくりかえってしまう。
「夕奈、大丈夫?」
「……」
「反応がない、やっぱり毒が盛られてたのかな」
「かゆ……うまぁ……」
後で話を聞いたところ、美味しすぎて倒れてから数分間の記憶がないらしかった。
やっぱり美食は舌の肥えていない僕らには毒なんだね。夕奈で実験しておいて助かったよ。
唯斗は心の中でそう呟きながら、少し冷めて美味しさレベルの下がった安全な親子丼を完食するのであった。
「ご馳走様でした」
「……ご馳走様でした?」
オムライスを食べた記憶も吹き飛んだ彼女は、食べた感を感じられずに首を傾げていたけれど。
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