第204話 デートのお迎えにご用心

 夕奈ゆうなに強引な約束を取り付けられてから数日後の日曜日。

 気持ちよく眠っていた唯斗ゆいとは、夢の中に現れたおぞましい生き物に驚いて飛び起きた。


「ぶへっ?!」


 それと同時に何かが額にぶつかり、その何かが「や、やられたぁ……」と膝から崩れ落ちる。

 戦隊モノなら爆発しているところだろう。もしあの爆発がこの場で起きれば、街は守られるどころか崩壊しちゃうよね。

 そんな子供の夢を壊すようなことを思い浮かべつつ、唯斗はヘディングでワンパンされた怪人夕奈をベッドの上から見下ろした。


「なんでここにいるの」

「ふっ、唯斗君の寝顔が見たくてね!」

「もしもし、警察ですか。不審者が……」

「ちょいちょい! マイケル・ジョーダンだから!」

「えっと、ク〇リはやってると思います」

「警察でもそんなことまで聞かなくない?!」

「電話の相手瑞希みずきだからね」


 通話中の画面を見せられてホッとした夕奈は、『モーニングコールですか?』という花音かのんの声が聞こえてくると、「お泊まりしてる、ズルい!」とスマホに向かって文句を言う。


『誘ったのに断ったのお前だろ』

「断ったんじゃないし、次は行くって言ったし!」

『それを断るって言うんだよ』


 電話越しでも瑞希の呆れ顔が想像出来る。

 しかし、彼女は『小田原おだわらの家にいるってことは、つまりそういうことだよな』なんて言って納得すると、『楽しめよ』と通話を切ってしまった。


「何を楽しむんだろ?」

「そりゃデートっしょ♪」

「ナニソレオイシイノ」

「味見、してみる?」


 微かに頬を赤らめながら唇を突き出してくる彼女を見つめた唯斗は、脳裏に浮かんだあの時のキスを首を振ってかき消す。

 そして徐々に近付いてくる夕奈の頬を両手で掴むと、むにむにと解して奇行を中断させた。


「やはり拒むか、小童め」

「歳同じだけど」

「もう、照れちゃってぇ。夕奈ちゃんはいつでもキスしてあげちゃうよー?」

「いくら取る気?」

「愛さえあれば金入らないんだZE☆」

「……ごめん、払えなくて」

「余計傷つくからガチの表情はやめて?!」


 彼女は「愛は一方通行か……」と呟いた後、突然大きな声を出してベッドに飛び込んでくる。

 膝がみぞおちにめり込んだ唯斗が怒るのも無視して、布団に包まって顔だけを出す夕奈。


「あ、唯斗君の匂いがする」

「ベッドだからね、寝汗もかくだろうし」

「私の匂いもつけといてあげる」

「……今日、クリーニング屋空いてたかな」

「そんなに嫌か!」


 ベッドに頬ずりするのを中断した彼女は布団から脱出すると、あくびをしている唯斗の手を握ってベッドから引っ張り出した。

 そして「デートだよ、早く着替えて!」とクローゼットの方へと強引に押していく。


「待って、デートって何のこと?」

「仮装衣装を買いに行くって言ったやん?」

「ただの買い物じゃん」

「夕奈ちゃんにとってはデートなの、いいからさっさと着替えい! 女の子を待たせないの!」

「デートじゃないって撤回してくれたら着替える」

「頑なだなぁ?!」


 若干カ〇ナリ感が入ったツッコミに気が緩んだところで、クローゼットに顔を押し付けられる彼。

 これ以上押されると鼻が折れそうなので、観念して今日だけはデートという名称を受け入れてあげることにした。体の安全には変えられないからね。


「でも、嫌々やむを得ず選択の余地なく―――――」

「ええからさっさと着替えろやおら」

「は、はい……」


 思いっきり壁バンってされた。まさに恐喝である。今、『1万円だけ貸してよ』と言われたら、震えながら差し出しちゃうレベルで怖かったよ。


「ほら、早く早く!」

「分かってるよ、脱ぐから向こう向いてて」

「だが断る!」

「そんなに見たいなら止めないけど、後で訴えたりしないでね」

「や、やっぱり向こう見ときやす……」


 ズボンに手をかけたところで、ようやく羞恥心が芽生えたのかオドオドと顔を背けてくれる夕奈。

 そんな彼女が脱いだばかりのパンツを「洗濯カゴに入れてくる!」と言いながら自分のポケットに入れようとしたので、とりあえず足裏こちょこちょの刑に処しておいた。


「はぁはぁ……唯斗君、激しすぎるよ……」

「おかしな言い方しないで」

「あ、変なこと想像しちゃった? 友達でそういうこと妄想したらいけないんだー♪」

「……まだ足りなかったかな」


 その後、脇腹と首と耳裏こちょこちょのフルコースによって、夕奈がしばらくぐったりしてしまうことは言うまでもない。

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