第201話 厨二心は突然に蘇る
なんだかんだ人の世話をするのが好きなのかもしれない。あの人、ものすごく嬉しそうな顔をしていたし。
「さてと、ご飯も食べ終わったし遊ぼう!」
そんなことを言いながら、当たり前ののように立ちはだかってくる夕奈の横をすり抜け、唯斗はそのまま教室へ向かうべく階段を登り始める。
彼にとって昼休みに騒ぐ人間は、睡眠を阻害する邪魔者でしかない。まるでどこかの誰かさんのようだ。
もしも、自分までもがそれに成り果ててしまえば、うるさい奴を睨み付ける遊びが出来なくなってしまうではないか。主に夕奈に対してしかしないけど。
「ねえ、あーそーぼー!」
「しつこいと嫌われるよ」
「もう嫌われてるからいいもんねーだ!」
「今のでもっと嫌いになった」
「人のこと嫌いとか言ったらダメなんだよ!」
「……は?」
唯斗が「2秒前のこと忘れた?」と聞くと、彼女は「自分で言うのはいいけど、人に言われるのダメ」と言う謎理論を展開してきた。
ならそもそも自分でも言わなきゃいいのにとは思ったが、口に出すと面倒臭いことになりそうなので黙って階段を登り始める。
「仕方ない、この手は使いたくなかったよ……」
さすがはしつこさが取り柄の夕奈。階段を駆け上がって突き当たりの踊り場に立ったかと思うと、今度は胸ポケットから定規を取り出して剣のように構えて見せた。
「ここを通りたくば私を倒してからゆけ!」
「……厨二病?」
「ちゃうわ!」
「保健室戻ろっか、効く薬があるかもしれないし」
「厨二病はそういう病気じゃないかんね?! ていうか厨二病ちゃうし! 夕奈ちゃん平常運転やし!」
「なるほど、いつも通りおかしいと……」
確かに間違ってないなと彼が頷くと、夕奈は不満そうに地団駄を踏みつつ頬を膨らませる。
そして「唯斗君絶対倒すマンモードにチェンジ!」と、定規を振り回しながら階段を下りてきた。
口で「ウィーン」だとか「チャキーン」のような効果音を付けている辺り、非常に危険……いや、非常に(頭が)残念だ。
「ハルちゃん号、出動」
「わ、私ですか?!」
「僕の平和を守れるのは君しかいない」
「そんな重大そうに言われても……」
彼女はそう言って困惑していたが、階段だけに段々と迫ってくる夕奈を見ると慌てながも壁になってくれる。
冗談で言ったのに本気で守ってくれるなんて優しいなぁと少しほっこりした唯斗は、晴香をそっと持ち上げて横にずらすと、ポケットに入っていた輪ゴムを指にかけて構えた。
「夕奈絶対殺すマンになったよ」
「待って、仕打ちのレベル上がってない? ていうか遠距離なんてズルいやろが!」
「知らないの? 撃っていいのは撃ち返せない敵だけなんだよ」
「性格悪いル〇ーシュだね?!」
「唯斗・ヴィ・〇リタニアが命じる、去れ」
「いや、もう誰やねん!」
夕奈がツッコミに夢中になった瞬間を見計らい、唯斗は指鉄砲から輪ゴムを放つ。
クルクルと水平に回転しながら飛んでいくそれは、一直線に彼女の眉間に向かって飛んでいき、見事にヒット―――――――――。
「効かぬわ!」
――する直前で、定規によって弾かれてしまった。
相変わらず恐ろしい反射神経と動体視力、分かってはいたが一筋縄では倒せない相手である。
「ふっ、これで終わりか? 夕奈ちゃんはまだまだいけるぞ!」
「ハルちゃん、日頃の恨みを込めて撃ってみて」
「ま、また私ですか?! 日頃の恨みなんて……」
我ながら性格が悪いが、困っている彼女の様子を見ると少し面白いのだ。
だからついついこうして役割を振って見たくなるのだが、この時ばかりは唯斗も反省した。だって。
「本当に撃ちますよ?」
「かかってきたまえ!」
「夕奈、先生に見られてるよ」
「え、あ、ほんとだ……」
「い、今です!」
夕奈の意識が逸れたタイミングを狙って発射……しようとしたはずなのだが、撃ったはずの輪ゴムは前ではなく晴香自身の方へと飛んできたのだ。
元々少し乾燥していたのかもしれない。それなりの威力で輪ゴムが当たった彼女の唇を確認してみれば、僅かに切れて血が滲んでしまっている。
「うぅ、痛いです……」
「ごめんね、余計なことさせて」
「いえ、私が下手なのがいけなかったんですよ」
「……傷口、洗いに行こっか」
結果的に夕奈は空気を読んで遊びは諦めてくれたけれど、後に残ったのは何とも言えない罪悪感だけだった。
「女の子を傷つけるって結構胸が痛いね」
「夕奈ちゃんには平気で撃ったのに?」
「ごめん、夕奈は人間として見れない」
「性別以前に種族から省かれてた?!」
「安心して、出会った時から変わってないから」
その言葉を聞いた彼女が晴香の前で「そんな私とのキs――――――」と言いかけた時には、とりあえず太ももの裏に輪ゴムを撃ち込んで黙らせておいたけど。
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