第198話 サボりの理由は作るもの

夕奈ゆうなちゃん、完全復活!」

「へえ、それは残念」

「……なんか冷たくない?」

「今日は曇ってるからね」


 朝から騒がしい夕奈は無視して机に突っ伏す唯斗ゆいと。最近は肌寒くなってきて、そろそろ衣替えの季節である。

 そんな日に太陽が雲で隠されてしまえば、窓際の机の表面温度はどんどん下がる。要するに温もりが足りないのだ。


「さすがに今日はカイロなんて持ってないなー」

「……役立たず」

「そこまで言う?!」


 不満そうに口を尖らせた彼女は、「わかった、温めればええんやろ?」と言ってニヤリとすると、背後からこっそり近付いていく。


「ふふふ、夕奈ちゃんが温めてやるぜ!」


 夕奈はここだと言わんばかりに飛びかかると、唯斗にのしかかるようにしてハグをした。

 しかし、異変に気が付いて起き上がろうとしていた彼は、上に乗られたせいで数cm浮いた頭を机にぶつけてしまう。


「……」

「……」


 ゴンッという鈍い音に、二人の時間が止まる。夕奈はへらへらしていた表情を強ばらせ、そっと唯斗から離れる。

 そして彼の前に回ると、恐る恐る顔を覗き込んだ。そして額が赤くなっているのを確認すると、すぐさま方向転換して教室から逃亡―――――――。


「おすわり」

「わ、わん!」


 ―――――――――出来なかった。

 やってしまったという罪悪感のあまり、従順な部分が前に出てしまったのである。

 ドアの手前でちょこんと座り込んだ彼女は、「ハウス」と言われると駆け足で唯斗の隣の席へと戻る。

 それからお手、おまわり、数学教師のモノマネをさせた後、彼は自分の額を見せながら聞いた。


「どうなってる?」

「あ、赤くなっているわん……」

「結構痛かったんだけど」

「阿〇寛のモノマネするから許してわん」


 夕奈はそう言って「なぜベストを尽くさないのか」と連呼し始めたが、もちろんそんなことで許されるはずがない。

 阿部サ〇ヲのモノマネも追加していてくれたなら、考えたかもしれないけれど。クイッ〇ルしてくれていればね。


「いいこと考えた。夕奈、保健室連れてってよ」

「なっ?! やはり夕奈ちゃんの体が目的か!」

「んなわけないでしょ。頭痛いって言って保健室で休むの、そしたらサボれるでしょ?」

「なにそれずるい!」

「夕奈に殴られたって言うのとどっちがいい?」

「よし、保健室に行こう!」


 そういうわけで、2人は朝から保健室にやってきた。唯斗のおでこが痛むのは事実だし、ベッドを借りるほどではなくとも、生徒が必要としていれば保健室側は断れない。

 たとえ教師に文句を言われようと問題ない。それを黙らせるための学年2位なのだ。

 普段寝ていることはどの先生も知っているし、教室に居ないからと言って特に問題は無いよね。


「……本当に痛いの?」

「すごく痛いです」

「その割に真顔よね」

「元々表情に出にくい人間なので」


 保健室の先生が「そうなの?」と夕奈に聞くが、彼女も空気を読んでウンウンと頷いてくれる。

 それを見た先生はしばらく唸っていたが、「まあいいわ」と空いているベッドの使用許可を出してくれた。


「じゃあ、夕奈はもう戻っていいよ」

「わたしゃ、使い捨ての駒か!」

「あー、頭が痛いなぁ」

「ぐぬぬ……先生、私も胸が苦しいです!」

「きっと恋の病ね、自分と向き合えば治るわ」

「適当すぎませんか先生?!」

「それにベッドは2つとも埋まったわ。もし休みたいなら隣の薄暗い部屋になるわよ?」


 それを聞いた夕奈は「う、薄暗い……?」と呟くと、ブンブンと首を横に振って保健室から出ていく。少し暗いくらいで何が怖いんだろうか。


「やれやれ、嘘の病状報告は良くないですね」

「……あなたも容疑者なのよ?」

「僕は本当に痛むので。ああ、ガンガンするなぁ」

「まあいいわ。とりあえず静かにしてて、隣の子はようやく頭痛が落ち着いてきたところだから」

「了解です」


 そう答えてカーテンの内側に入り、ベッドに寝転がった唯斗は、数秒後には既に寝落ちていた。

 その額にいつの間にか冷えピタが貼られていたことに気付くのは、彼が熟睡してスッキリ目覚めた後である。

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