第196話 アパ〇テルのAPAはJAPANの中心という意味らしい

「腹痛を和らげるためには何をすればいいのかな」


 大人しくしていてもらうためにベッドで横にならせた夕奈ゆうなを前に、唯斗ゆいととこまるは首を傾げ合った。


「お腹壊しただけだから、安静にしてればいいんじゃないの?」


 夕奈はそう言うが、スープを飲むくらいはしておいた方がいいんじゃないだろうか。

 彼がそう思いつくと同時に、こまるがスっと立ち上がって部屋から出ていく。少しして帰ってきた彼女の手には、何かの箱が握られていた。


「これ」

「っ……ちょ、唯斗君の前だよ?!」

「だめ?」

「そもそも、今はこれじゃ治んないから!」


 夕奈はこまるの手から箱を取り上げると、写真と同じようにパジャマの中へと放り込む。あの中は4次元になってるのかな?


「こまる、何を渡したの?」

「せいr……」

「はーい、マルちゃんは少しおねんねしようね?」

「……あ? 子供扱いすんなよ」

「す、すみません」


 ドスの効いた声に夕奈がしゅんと小さくなったところで、こまるは次なる手を思いついたように頷いてこちらを見つめてきた。


「アイス、冷たい。お腹、温めれば?」

「なるほど。やっぱりスープを作ろうか」

「ちがう、こうする」


 彼女はゆっくりと首を横に振ってから、唯斗の腕にギュッと抱きつく。

 一瞬、何のための行動なのか分からなかったが、次に聞こえてきた一言で全て理解出来た。


「熱々、温もる」


 要するに、仲のいいところを見せて雰囲気から温めるという意味なのだろう。

 行動の意図には納得だが、さすがにこれで部屋全体の気温が上がるとは思えない。むしろ、夕奈の顔は先程までよりも青ざめているように見えた。


「み、見せつけてくれんじゃん?」

「僕を睨まないでよ」

「いいもんいいもん! 夕奈ちゃんは唯斗君の写真とイチャイチャするもんねーだ!」


 そう言ってべーっと舌を出す彼女はパジャマの中から写真を取り出すが、それは彼女自身の汗が染み込んでヨレヨレになってしまっているではないか。


「うわ、実物みたいにへにゃへにゃだよ!」

「やかましいわ」

「まあいっか、いくらでも替えはあるし」

「……写真のことを言われてるはずなのに、ちょっとイラッとするのが不思議だよね」


 唯斗が不満をこぼす中、夕奈は机の奥からファイルのようなものを取り出すと、それをペラペラと開いてとあるページをのぞき込む。

 そこに並んでいたのは、海に行った時の写真やら山に行った時の写真、そして舞台の上でキスされている時の写真。


「待って、他の写真記憶にないんだけど」

「忘れちゃっただけだよ、そうに違いない」

「授業中の寝顔、夕奈しか撮れない角度だよね?」

「私が盗撮なんてするわけないでしょーが!」

「正直に言えばデコピンで許してあげる」

「嘘ついたら?」

「こまる医師をアドバンス召喚する」

「……盗撮しました、ごめんなさい」

「謝ってくれたことに免じて、このアルバムを燃やすだけで済ましてあげるよ」

「や、やめてぇぇぇぇぇぇ!」


 夕奈が「思い出を捨てないで!」と深そうで深くないことを言ってくるので、門外不出の約束を取り付けて仕方なく返してあげた。

 丁寧に撮影日や撮影場所までメモしてあるし、ほぼ自分ばかり写ってるというのは少し引くけれど、抹消するには見た目以上に重すぎる逸品だからね。


「それ、見たい」

「マルちゃんも気になるか、そうかそうか!」

「……いい?」

「なんならマルちゃんもアルバム作る? 今ある写真もあげるけど」

「つくる」


 その後、夕奈はこまると一緒にアルバムを眺め始め、最終的にはデータのコピーが入ったUSBを貰ってご満悦。

 たった数分で門外不出の約束は破られたのであった。本当に夕奈は信用出来ないね……。


「そんな顔するな少年。マルちゃんのあの嬉しそうな顔を見てみぃ、断れんやろ」

「……確かに」


 いつもと変わらない真顔のはずなのに、何故かキラキラしているように見える不思議。

 あんな表情でおねだりされたら、大半の男はダイヤのネックレスを買っちゃうね。それが写真くらいなら、むしろ可愛らしいレベルなのかも。

 唯斗は自分に言い聞かせるように心の中でそう呟いて、アルバムの件は忘れることにした。


「でも、次撮る時は声掛けてね。丁重に断るから」

「前提がおかしくない?!」

「写真は嫌いなんだよ」

「なら動画にしとく」

「夕奈嫌い」

「わかったわかった、アポ取ればええんやろ?」

「誰もホテルの予約しろなんて言ってないけど」

「いや、アパじゃなくてアポだかんね?!」


 そんな他愛もない話をしている最中、こまるが扉の隙間からスマホレンズを覗かせて『いかに盗撮っぽく撮れるか』を試していることに気が付いていたものの、唯斗は何も知らないふりをし続けたそうな。


「……変なのが増えるのだけはやめて欲しいかな」

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