第192話 恋はしつこし、悩めよ男児
「……意識して。異性、だから」
勇気を振り絞ったであろうその一言は、
彼はこれまで彼女のことを『隣にいても疲れない』『落ち着ける』と感じていたのである。
しかし、こまる求めていたのはその反対で、彼はそれを全く理解出来ていなかったし、知ろうともしていなかった。
「そうだよね、こまるも女の子だもんね」
「……」コク
「出来る限り意識するようにするよ」
「そのためにも、これ」
そう言って18禁の数々を指差す彼女。これらを嗜むことで、強引にロリでも女の子だと認識する回路を作れという意味らしい。
「わかった、テストが終わったら見るよ」
「ほんと?」
「それでも意識できなかったらごめんだけど」
「大丈夫。次の手、ある」
「まだあるんだ」
「唯斗が、好きだから」
そう言って微笑んだこまるは、「御手洗、借りる」と言い残して部屋を出ていった。
その背中を見送った夕奈は、不思議そうな目でこちらを見ながら聞いてくる。
「唯斗君ってマルちゃんのこと嫌いじゃないよね?」
「むしろ好きだよ、うるさくないし」
「じゃあ、なんで付き合わないの?」
「それ、夕奈が言う?」
唯斗は首を傾げている彼女を見て短くため息をつくと、首を回しながらベッドの縁に腰掛けた。
「夕奈が迷わせてるんだよ」
「……私が?」
「うん。僕だってこまるほど気の合う相手はいないと思ってるよ。断るなんて勿体ないともね」
「それならどうして……」
「夕奈とキスした数日後に、堂々と付き合おうなんて言えるわけないじゃん」
「そ、そっか……」
いくら夕奈に対してでも罪悪感は感じる。そうでなくとも、何も知らないこまるに隠し続けるのは辛い。彼はその重圧に勝てる気がしないのだ。
「それに、僕にとってのこまるはまだ友達だよ。作戦とやらでそれが変わらなかったら、その時ははっきりと断るつもり」
「好きじゃないけど付き合う、なんてことは?」
「僕にそれを聞くって、すごい度胸だよね」
「っ……そういうつもりじゃ……!」
「分かってる、冗談だよ」
ハルちゃんは『好きじゃない相手と付き合う』ことになった。その相手を恨んでいる唯斗からすれば、その行為は忌々しきことなのである。
恋には正直な気持ちを返さなければ、自分も同じになってしまうから。
「それなら夕奈ちゃんにも正直になってよ」
「もう十分正直だけど」
「本当は好きなくせにー♪」
「そういうところが嫌い」
「本当は好きでござんしょ?」
「口調のことを言ってるわけじゃないよ」
彼は呆れたように首を振ると、「まあ、初めよりは随分慣れたけどね」と微笑んだ。
それを見た夕奈はというと、ドキッと胸が跳ね上がるのを顔に出さないように何とか堪えてたははと笑う。
「ふっ、唯斗君が落ちるのも時間の問題だね」
「夕奈は進級から落ちなければいいけど」
「むぅ、テストのこと忘れれてたのに!」
「今一番覚えておくべきことだよ」
ぐぬぬ……と悔しそうに睨みつけてきた彼女は、何かを思いついたようにハッとすると、突然猫なで声で擦り寄ってきた。
「ねぇ、唯斗君?」
「なに」
「カンニングさせて欲しいにゃ〜♪」
「いや、馬鹿なの?」
「馬鹿だからカンニングするんでしょうが!」
「うわ、開き直ったよ」
夕奈は関心してしまいそうになるほど清々しく言い切ると、ベッドに座る唯斗の膝に手を添えながら顔を近づけて来る。
「何でもしてあげるから、ね?」
「じゃあ、真面目に勉強して」
「勉強したらカンニングする意味ないし」
「勉強しても4点なのに?」
「わーわー! それ以外なら言う事聞くからさ!」
「じゃあ、今から逆立ちで町内一周して」
「ふっ、楽勝やん」
「あ、下着は着用禁止ね」
「……スカートなんだけど?」
「出来ないならカンニングは無理だね」
「うぅ……うぅ……」
その後、頭を抱えて悩みまくった夕奈が本気で下着を脱ぎ捨てたところで、唯斗が「冗談だから」と慌てて止めたのだけれど――――――――――。
「……何してるの?」
「
「止めはしないけど、鍵はちゃんと閉めてしてね」
「妹よ、お兄ちゃんは夕奈に興味なんてないから」
「ちょ、酷くない?!」
「師匠、心を解すなら体からだよ♪」
「天音ちゃん?!」
結局、夕奈がこまるを襲っていると思っていたら、いつの間にか身内に唯斗が夕奈を襲っていると勘違いされてしまうのだった。
それから何とか誤解はとくことが出来たものの、夕奈が脱ぎ捨てた下着を穿き直しているところへ戻ってきたこまるに、もう一度説明する必要が生まれることを2人はまだ知らない。
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