第190話 高い高いには気を付けるべし
テスト3日前の日曜日。
勉強をさせるために
「本日はマルちゃんも連れてきましたー!」
「よろ」
パチパチパチと盛大に拍手をする夕奈に対し、軽い挨拶だけをしてトコトコと家に上がるこまる。
彼女は真っ直ぐに洗面所へ向かうと、じっと足元を見つめて止まってしまった。一体何をしているのだろうか。
「唯斗」
「……ああ、そういうことね」
振り向きながら軽く背伸びをして見せる様子でその意図を理解した彼は、すぐに彼女の腰を掴んで持ち上げてあげた。
おそらくこまるの家には登るための台があるのだ。ただ、この家では必要が無いため、洗面台まで身長が足りずに困っていたということだろう。
「こまる、洗面台より高いの顔だけだもんね」
「バカに、するな」
「でも、高い高いみたいでよかったでしょ?」
「……良くない、こともない」
少し照れたように顔を背けつつ、握った手をポフッとお腹に当ててくる彼女。ダメージは無いのでむしろ可愛らしい反抗だ。
そんな様子を背後から見ていた夕奈は、何故か不機嫌そうに頬を膨れさせている。
「マルちゃんともイチャイチャしちゃってさー?」
「別にイチャイチャしてないよ」
「この浮気者! あんぽんたん!」
「付き合ってる人いないし、浮気になり得ないよ」
「私のことも高い高いして!」
「出来れば他界他界して欲しいんだけど」
「いくらなんでも酷くない?!」
唯斗はそのまま放置して部屋に向かおうと思ったが、彼女が「やってやってやってー!」と駄々をこねるので仕方なくしてあげることに。
ただ、いざ持ち上げようとした瞬間、それが不可能であるということに気が付いてしまった。
「…………重い」
「女の子に重いって言うなし!」
「本当に持ち上がらないんだもん」
「やれば出来る!」
「やって無理だったんだけど」
「もっと熱くなれよ!」
「こまる、部屋に行こうか」
「無視しないでぇぇぇぇ!」
どうしても諦めきれないのか、「もう一回だけ!」と足にすがりついてくる夕奈が気持ち悪いので、仕方なくもう一度だけチャレンジしてあげることにした。
「あ、上がりすぎたらパンツ見えちゃうから目は閉じててね」
「そんなに上げれるわけないでしょ」
「唯斗君が覗き込むかもしれないじゃん?」
「そんなことしたらこまるに嫌われるよ」
「いいから閉じて!」
「……はいはい」
よく分からないけれど、それでうるさくなくなるのならと大人しく閉じておく。
そして、今度はしっかりと腰を左右からサンドするように掴み、足腰にかかる負荷を意識しながらゆっくりと夕奈の体を持ち上げていく。
「おお! 持ち上がってるよ!」
「っ……っ……」
「唯斗君、もう少し頑張って!」
「がんば」
2人の応援に応えるためにも、最後の力を振り絞ってもっと上へ。そう意気込んだ直後の事だった。
「ひゃっ?!」
手汗でグリップ力が限界を迎えた手から、夕奈の体が滑り落ちてしまったのである。
垂直に落ちた彼女は膝のクッションを使って無事に着地したものの、伸ばしたまま動かすことのなかった唯斗の手が触れる位置は、夕奈の体のラインに沿って上へと移動した。そして。
「ん? 何これ」
「あ、ちょ、やめっ……」
「なんだろ、マシュマロみたいな感触」
「っ〜〜〜?!」
「夕奈、どうしてそんな顔を―――――――――」
この日、唯斗は初めて夕奈に……いや、人生で初めて誰かから本気のビンタをされた。
「……え、どうして?」
「ゆ、唯斗君のバカ! あほ! うわぁぁぁぁん!」
「夕奈、待っ……」
泣きながら洗面所を飛び出していく彼女を追いかけようとするも、出口でこまるに止められてしまう。
じっとこちらを見つめる目は『行くな』と言っているような気がして、同時に呆れのようなものも含んでいた。
「こまる、夕奈はどうして泣いたの?」
「手の感触、分かるはず」
「手? 何か柔らかかったけど……」
「……鈍感」
無表情ながらも不満そうに見える彼女は、唯斗のお腹をボフッと殴って夕奈を追いかけに行ってしまう。今度の攻撃は少しだけ痛かった。
「とりあえず、謝らないとだよね」
なんだかぷにぷにしていたし、「ぷにぷにしてごめん」だろうか。いや、どちらかと言うと「もみゅもみゅしてごめん」の方が近いかもしれない。
いやいや、それよりかは「体に触りすぎてごめん」のほうがいいかな。でも、それだと少し変態チックになるような……。
その後、唯斗は30分悩み続けた結果、「なんか、ごめん」と微妙な謝り方になってしまったのだが、夕奈は顔を赤らめたまま「だ、大丈夫だよ」とあっさり許してくれた。
「ほんと? 実はまだ怒ってたりしない?」
「ないから、安心して」
「後で請求書届いたりは?」
「絶対にしないって」
「夕奈だし、信用出来ないなぁ」
「はぁ?! もう一回揉ませるぞこんにゃろう!」
「……揉ませるって、何を?」
「え、あ、いや……何でもないです」
唯斗が「気になるんだけど」としつこく聞か続けたものの、夕奈は最後まで真実を吐くことはなかったそうな。
そんな二人の横に、ひたすら羨ましそうな視線を送る少女がいたことを知る者は誰もいない。
「さすがに、頼めない……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます