第187話 勉強会では気を抜いてはいけない

 テスト一週間前の日の放課後、夕奈ゆうな唯斗ゆいとの部屋に居座ってゴロゴロしていた。


「勉強しないなら帰ってよ」

「唯斗君の匂いを勉強してるのさ」

「うわ、気持ち悪っ」

「どストレートに言わないでくれる?!」


 彼女は「まったく、デリカシーってもんがないのかな」なんて呟きながら体を起こすので、唯斗は「鏡に向かっていいなよ」とため息をこぼす。

 そもそも、人のベッドの上でゴロゴロするのは、デリカシーに欠けていないという認識なのだろうか。それなら野島断層レベルでズレてるよ。


「お2人は仲がいいんですね」

「別に良くないよ」

「隠さなくても分かりますよ、息ぴったりですし」


 夕奈と同じくこの部屋にやってきたものの、彼女と違って真面目にテスト勉強をしていた晴香はるかは、休憩がてらペンを置いてクスリと笑った。


「ていうか、ごめんね。勉強の邪魔でしょ」

「大丈夫ですよ、ゆーくん」

「っ……いきなりその呼び方はやめてよ」

「ふふ、照れてるんですか? 可愛いです♪」


 人に息ぴったりなんて言っておきながら、別の意味でピッタリなところを見せつけてくる様子に、夕奈は心の中で地団駄を踏んだ。

 唯斗をからかうのは自分の仕事だったと言うのに、やはりこの女はなかなか大きな障害物になりそうである。


「何さ、デレデレしちゃってさ」

「別にしてないよ」

「してるし! 鼻の下伸びてるし!」

「これのどこが伸びてるって?」

「……ちっ、伸びてない」


 夕奈には冷たい彼も、晴香に「少し伸びてましたよ?」と言われると「そうかもしれないね」とフレンドリーな対応。

 明らかに差をつけられている。それが元カノだからか、そんなにも自分のことが嫌いだからなのかは分からないが、とりあえず「差別反対!」と声を上げておいた。


佐々木ささきさん、ゆーくんは勉強をさせるために冷たくしているんじゃないですか?」

「テストとは己を試すもの。勉強なんぞしたら、実力が分からないじゃろ!」

「勉強しても4点なんだから救いようがないよね」

「ちょ、人がいる時に言わないで?!」


 まさかの事実に『あらまぁ』と言いたげな目を向ける晴香に、夕奈は赤くなった顔を隠すためにぷいっと顔を背ける。

 そして「ふっ、数字でしか計れないなんて大人は可哀想だぜ」と、おやつに持ってきていたココ○シガレットを咥えた。


「あ、そのお菓子……」

「ん? 欲しいの?」

「いえ、そういうわけでは……」


 少しオロオロとした後、「そ、そろそろ再開ですね」とノートに視線を落とす晴香。

 夕奈はそんな彼女を見て分かりやすいなと微笑むと、ベッドから降りてすぐ隣に腰を下ろした。


「レッツ、ココシガゲーム♪」

「こ、ココシガゲーム?」

「ポッ〇ーゲームのココア〇ガレット版だよ」

「え、遠慮しておきます!」


 明らかに動揺する晴香に「1回だけ、ね?」と顔を近付けていくココシガール夕奈。

 唯斗からすれば一体何を考えているのか分からないところだが、何か思惑があるのだろうか。


「ふはは! 観念して咥えるのだ!」

「3分間待ってくださいぃぃぃ」

「3分? どこへ行こうと言うのかね」

「お、お花を摘みに……」

「……仕方ない、許してやろう」


 お花摘みについては天音の件で前科があるので、大人しく解放してあげる。

 さすがに高校生にもなって元彼の家でお漏らしなんてことになったら、記憶を取り戻した時にショックで記憶以外も失いかねないし。


「ふぅ、最近の若いのは根気がないから困るのぅ」

「学年は下でも同い年だよ」

「何はともあれ2人っきりになれたね?」

「……」

「2人っきりになれた、ね?」

「……」


 どうやら先程の謎の行動は、全て現状へ導くためのパーツだったらしい。

 うっかり警戒を解いてしまっていた唯斗はすぐに防御耐性に切り替えようとするが、間に合わずに飛びついてきた夕奈に押し倒された。


「くふふ。レッツ、ココシガゲーム♪」

「いや、冗談だよね?」

「夕奈ちゃん、本気だっちゃ♡」

「…………」


 口に咥えたコ〇アシガレットをぴょこぴょこと動かして見せる様子に、彼の背筋にぞくりと嫌な予感が走ったことは言うまでもない。

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