第186話 平常運転が一番気楽
翌日の昼休み。
「ねえねえ、
「……」
「もしもーし、生きてますかー?」
「……」
「こりゃ手遅れやな、今楽にして―――――――」
「本当に殺そうとしないで」
首に手を回されたところで、唯斗もようやく顔を上げて声の主である
にんまりと笑うその顔は以前に見たのと何ら変わりなく、全力で彼の平穏な時間を奪いに来ていることが伺えた。
「久しぶりに話しかけてきたね」
「まあ、夕奈ちゃんも休憩っていうか?」
「疲れるなら構わなければいいのに」
「そういうわけにはいきやせんよ。夕奈ちゃん、唯斗君を構わないと死んじゃう病気だかんね」
「尚更構わないで」
「今、遠回しにすごい傷つけられてるよ?!」
唯斗は「酷い男だよ、まったく!」と頬をふくらませる彼女に、「冗談だよ」と伝えて隣の席に座るように促す。
夕奈が不思議そうな顔で腰を下ろしたのを確認して、彼は向かい合うように体の向きを変えると、真っ直ぐに目を見つめながら話し始めた。
「ハルちゃんに気を遣ってくれてたんだよね」
「気を遣ってたというか……」
「あれ、違うの?」
「何と言うか、唯斗君を取られた気がしまして……」
「そもそも僕は夕奈のものじゃないけど」
「わかってるよ? わかってるんだけど、よく話してる女の子が他の男子と話してるとモヤッとする的な?」
「いや、ちょっと何言ってるか分からない」
「わからなくてもわかって」
「無理強いが過ぎるよ」
まあ、夕奈の言っていることはよく分からないが、伝えたいことは何となくだが伝わってきている。
要は僕に新しく親しい人が現れたから、からかいづらくなって我慢していたということだろう。しかし、今日になって限界を迎えたと。
「聞いておきたいんだけど、ハルちゃんは何か思い出したりした?」
「思い出しかけたけど、途中で倒れちゃった。だから昨日は僕の家で預かったよ」
「……つまり、お泊まり?」
「ただ寝かせておいただけ。そんな大層なものじゃないから」
「ぐぬぬ……羨ましい……」
何故か悔しがっているところはスルーしておくとして、自分の過去を知っている相手として唯斗は一応伝えておくべきことは伝えておくことにした。
「僕、ハルちゃんが知りたいと思うなら、過去のことはちゃんと話していくことに決めたよ」
「え、どして?!」
「手に触れただけで思い出しかけたんだ、隠しててもいつかわかる日が来る。その時が遅ければ遅いほど、お互いに傷が深くなるだろうからさ」
「そっか……唯斗君が決めたならそれがいいと思う」
彼は「まあ、よくわかんないけど」と後ろ頭をかく夕奈の姿に少し呆れつつ、ちょっぴり日常が帰ってきたような気分になって頬を緩めてしまう。
「だから夕奈は気にしなくていいよ」
「ほんと?」
「ハルちゃんと再会する前と同じように、夕奈なりに接してきて。僕も僕なりにウザがるから」
「前提がおかしくない?!」
「僕たちの関係ってそういうものでしょ?」
「……た、確かに」
思い返してみれば、いつどんな状況でも変わらず夕奈はしつこく、反対に唯斗は面倒臭がっていた。
それでもこうして関係は壊れることなく元に戻る。2人はすごく不思議な仲なのだ、混ざり会うことは無いのに互いに遠慮をする方がおかしいという。
「そうとに決まれば、早速夕奈ちゃん本気出しちゃうもんねー!」
「なら僕は全力で寝るよ」
「全力で、寝る……ぷぷっ」
「何笑ってるの、気持ち悪いよ」
「唯斗君が雄叫びを上げながらベッドに飛び込むところを想像―――――――――ってどこからどう見ても可愛いやろ!」
もはや
「くっ……スルースキルが上昇してやがる」
「1週間、ハルちゃんに過去について聞かれる度に話題を逸らしてきた僕の腕を舐めない方がいいよ」
「足は舐めてええんか!」
「……いつの間にそういう趣味に目覚めたの?」
「引かないで?! 冗談だから!」
「夕奈の3分の2は嘘と冗談で出来てるよね」
「ふっ、謎多き女だぜ」
「ただの虚言癖」
「本当のことも言うしー!」
頬杖をつきながら唯斗が「例えばどんな?」と聞いてみると、答えを考えていなかったのか思いつかないのか、しばらくオロオロとし続けた夕奈は。
「えっと、唯斗君が好き……とか?」
困惑したままそう答えて、しばらくの間その場の時間感覚をピタリと止めてしまったそうな。
「な、なんちゃって!」
「……だよね、夕奈が僕をなんてあり得ないし」
「ふふふ、ドキってした? 好きになっちゃう?」
「これが悪い女の落としテクニックか」
「あ、ちょ、メモしないで?!」
「夕奈にだけは引っかからないようにしないと」
「夕奈ちゃんオンリーで引っかかれや!」
「それだけは死んでも嫌だ」
「ぐぬぬ……」
そんないつも通りのやり取りを、心底微笑ましそうに見ている視線がいくつもあることに気が付かず、2人は窓際の攻防を続ける。
最終的には夕奈が「唯斗君とカラオケに行きたい!」と言い出し、「もうすぐテスト前週間だけどね」という言葉で遊びの炎は鎮火されるのであった。
「勉強……いやだよぉ……!」
「あ、勉強したくないお化けだ」
「ケケケ、唯斗君に取り憑いて勉強嫌いに……」
「そう言えば、お化けって人の体の中に入れるんだよね? 夕奈が中に入ってくるのかぁ」
「わ、私が唯斗君の……中に……?」
その後、彼女が突然鼻血を出しながら虚ろな瞳で掃除用具入れに頭を打ち付け始めるという奇行によって、ひと騒ぎ起こったことはまた別のお話。
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