第179話 最後こそいつも通りでいい

『大変長らくお待たせ致しました。ラストシーンをお楽しみ下さい』


 アナウンスにしんと静まりかえる劇場。パッと灯ったスポットライトに照らされた王子役、夕奈ゆうなを見て一瞬ザワついたものの……。


「ああ、僕の愛しい人。ついにこの日が来たよ!」


 そのワントーン低くした声の響き、そして役になりきったその顔つきに全員が口を噤む。


「10年だ、10年。僕がどれだけこの日を待ち遠しく思っていたか、王国の奴らにはわかるはずがない」


 舞台を踏み鳴らす足音には、本当に怒りが込められているように思えるほどの迫力があり、舞台中央で横たわっている少女を眺める瞳には愛を感じられた。

 ちなみに、その少女役が唯斗ゆいとである。彼に与えられた役目は簡単、ただここに寝ているだけ。それだけで劇は完成する。


「さあ、歓迎会を始めよう。他に参加者はいないけど、君も必要ないと思うだろう?」


 そう言いながら、怪しい瓶に入った液体を注いだり、プラグを挿して電気を流したりした王子は、最後に少女の顔を高揚した表情で見下ろした。


「最後に必要なのは『愛』だ。僕だけがそれを君に注いであげられる、これからずっとだよ」


 死者の復活、その禁忌を犯してしまうほどに歪み切った愛。それを注がれた者がまともな存在として蘇るはずはない。

 王子自身すらその事に気付かず……いや、気付いていながらも真実にフタをして、ただただもう一度少女が言葉を発する日だけを見ているのだ。


「愛してる」


 その一言を口にした直後、少女の唇に王子の唇が重なる。白雪姫のあのシーンのように。

 ギリギリ触れさせないという約束で出演を許可したはずの唯斗は、起き上がりたい気持ちを必死に抑えながら演技を続けた。

 ここで自分が台無しにするわけにはいかないと思ったから。後で文句を言ってやろう、ついでにおすわりもさせよう。


「……」

「……」


 唇が離れた後、しばらくの静寂が流れる。そしてそれを終わらせたのは、王子が膝から崩れ落ちた音だった。


「……どうして目を覚ましてくれないんだ」


 そう、この物語はバッドエンド。少女が目覚めることはなく、王子が悲しむシーンで終わりを迎える。

 林原はやしばらさん演じる魔女の印象がとてつもなく悪い劇なのだ。


「僕の10年は……無駄だったのか?」


 少女は目覚めることなく、ラストシーンでは横になったまま動かない。そう、動かないのだ。


「……答えて、くれよ……」


 でも、夕奈の最後の一言があまりにも感情を込められ過ぎていて、頭の中に何かが入り込んでくるような感覚を覚えた唯斗は、思わず台本に存在しない言葉を発してしまった。


「そんなことないわ」


 言い終えてからやってしまったと後悔したが、時すでに遅し。夕奈のセリフの直後には本来の予定通り幕が閉じられ始めていて、唯斗の発したものは違和感でしかない。

 彼は「……やっちゃったね」と呟いている夕奈と一緒に、演劇部の人から怒られると覚悟して舞台袖へ戻った。

 しかし、返ってきた反応は予想外のもので、2人は思わず困惑してしまう。


「最後のアドリブ、良かったです!」

「夕奈さんの演技を一層高めましたね」


 演劇を知らない唯斗からすれば失態だとしか思えなかったのだが、彼女たちからすると違うらしい。

 どうやら、「完全なバッドエンドより、観る人の想像力をかき立てるのがいい」ということなんだとか。


「キスも本当にしてるみたいでしたもんね」

「さすが夕奈さん、すごい表現力ですよ」


 感心してくれる2人に真実を話す気になれず、夕奈は「で、でしょー?」と得意の胸張りで誤魔化す。

 しかし、された側の唯斗は当然分かっているので、観客の去った後の劇場でお仕置きをしたことは言うまでもない。


「しちゃいけないことってあるよね?」

「仕方ない、責任取って唯斗君を嫁にもらうよ!」

「まだ反省が足りないみたいだね」

「ひっ?! 脇だけはご勘弁を……」

「それはフリかな?」


 こうして演劇部の難題が解決されたと共に、くすぐりが一番辛い拷問だという説も検証されたのであった。


「ひぃぃぃ、息が……息ができにゃい……」

「反省した?」

「したよ、したからぁ!」

「もう二度としませんって誓って」

「もう二度しかしません」

「へえ、二度でいいんだ?」

「やっぱり5回にしようかな」

「よし、重罪」

「嵌められた?! って、ちょ、んにゃぁぁぁぁ!」


 そんなこんなで、2人の文化祭は終わりを迎えることになる。ある意味、彼ららしい最後だ。

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