第178話 人生は台本のないドラマである

「台本を読む時間はこの移動時間と着替え中だけ。それで大丈夫ですか?」

「誰だと思ってる、夕奈ゆうなちゃんだぞ?」

「……行けるということですかね?」


 こちらの様子を伺ってくる林原はやしばらさんに「僕に聞かれても困るよ」と返しつつ、予備の台本に目を落とす唯斗ゆいと

 どうやら、この演劇はシンデレラと白雪姫、ロミオとジュリエットの3つが混ざったようなお話で、王子が身分を隠して街を歩いていた時、窓から道を見下ろす貧しい少女に一目惚れするところから始まる。

 しかし、身分の違いから両親に結婚を拒まれ、代わりに連れてこられたのは隣国の王女。要は政略結婚だ。

 それでも貧しい少女を諦めきれなかった王子は、悪いと分かっていながらも森の魔女に隣国の王女を永遠に目覚めないようにしてもらうよう頼む。

 魔女は瓶の中から取り出した『毒りんご』を食べさせようと提案し、王子もその計画に賛同した。が、実際に眠りについたのは貧しい少女の方だった。

 実は隣国の王女の正体は、この国を乗っ取ろうとする森の魔女だったのである。魔術で人々の視覚的認識を曲げ、自分を美女に見せていたのだ。

 出されたリンゴが毒りんごだと知っている隣国の王女は、連れてきた貧しい少女にそれを食べさせる。倒れた少女を見て裏切られたことを悟った王子は食事用のナイフで隣国の王女を刺すが、倒れたのは魔女ではなく少女だった。


「愚かな王子、何度幻覚を見せられれば分かるのやら。私が食べさせたのは普通のりんご、そのナイフに塗られた毒で娘は永遠の眠りについたのさ」


 高笑いしながら消える魔女を前に、王子は貧しい少女だったものを抱きかかえて泣く。

 犯罪者と成り果てた王子は王家と国から追放され、夕奈が演じるのはそれから10年後、死者の蘇りを成功させるために保存しておいた少女の亡骸を取り出すシーンからになる。


「へぇ、結構シリアスなんだ」

「魔女役の私の心象悪すぎますよね」

「ていうか、演技下手じゃないよね。魔女って大事な役みたいだし」

「……バレちゃいました?」


 林原さんとそんな会話をしつつ、台本を読み込んでいる夕奈を連れて役者専用の入口から舞台袖へと入った。

 今は機材トラブルだと言って時間を稼いでいるものの、そろそろ観客のざわめきも限界らしい。

 夕奈の着替えが終わった頃、そう伝えてきたのは先程見せられたチラシに映っていた高根たかねさんだ。


「それで、王子役の方は……」

「こちらです。女の子ですけど大丈夫ですか?」

「なっ?! 佐々木ささきさんじゃないですか!」


 夕奈をみて思わず大きな声を出してしまった高根さんは、慌ててトーンを下げながらも震えの収まらないまま小声で話す。


「佐々木さんは私の憧れの方……なんて人を連れてきたんですか!」

「ご、ごめんなさい……」


 唯斗は夕奈と顔を見合せながら首を傾げ、よく分からない理由で林原さんを怒っている彼女に聞いてみることにした。


「夕奈が王子だと困るの?」

「そりゃ困りますよ。ほら、手の震えが……」

「夕奈が嫌いすぎて?」

「好きすぎてです!」


 彼からすればちょっと何言ってるか分からない状態だが、どうやら高根さんは去年スランプに陥ったことがあるらしい。

 その時の役が明るくて天真爛漫な少女の役だったのだが、偶然見かけた夕奈を真似してみたところぴったりはまって演劇は大盛況。

 そんなことがあってから、彼女は夕奈のことを尊敬しているらしい。話を聞いても唯斗からすれば理解できないことだらけだ。


「佐々木さんとキスシーンなんて、私気がおかしくなってしまいます!」

「そんな大袈裟な……」

「本当のことです! 申し訳ありませんが、私では夕奈さんの相手は務まりませんので」

「そう言われても、今から衣装を脱いで他の人に着せている時間は無いですよ!」


 つまり、解決策としては夕奈が王子役をやり、他の誰かが少女役をやるしかないのである。

 高根さんは謙遜のあまり拒み、林原さんは魔女の役をやっていた。劇に出られる残りの人物といえば。

 そんな思考になった瞬間、その場にいた全員が彼の方を見た事は言うまでもない。


「…………どうして僕を見るの」

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