第174話 知り合いに会いたくない時ほど会いがち

「はぁ……」

唯斗ゆいと君、ご機嫌ななめだね」

「当たり前だよ、こんな格好してるんだから」


 文化祭を夕奈ゆうなと回ることで頭がいっぱいで、彼はすっかり忘れてしまっていたのだ。自分がメイド服を着ないといけないということを。


「大丈夫だよ、誰も男だって気付いてないし」

「ほんとかな」

「ほら、注文溜まってるから。5番テーブルに持って行って」

「……わかったよ」


 渋々調理担当の男子が運んできてくれた手押し台からオムライスとオレンジジュースを取ると、従業員控えから出てお客様の元へと向かう。

 唯斗にとって問題なのは、格好よりもここから先。メイド喫茶ということもあって、しっかり『ご主人様、お嬢様』という呼び方をしないといけないのだ。


「お待たせ致しました、ご主人様」

「ああ、ありがとう」

「ご注文は全てお揃いで――――――――って」


 その瞬間、気付いてしまった。顔を上げたその強面な男性が、自分の知り合いであるということに。


ひろしさん……」

「やはり唯斗ゆいと君か。愛娘のメイド服姿を見たついでに、君も見ておこうと思ってね」


 今子いまこ ひろし、こまるの父親である。話を聞いたところ、このオムライスは2つ目なんだとか。


「僕がメイド係だって知ってたんですか?」

「こまるが話してくれたんだ。シフトが違うと悲しんでいたが」

「夕奈に勝手に決められたんですよ」

「そうかそうか、それでも似合ってるじゃないか。お義父さんはいいと思う」

「誰がお義父さんですか。勝手に話を進めないでくださいよ」


 相変わらずよく分からない人だ。唯斗が心の中でため息をついていると、机にかけたテーブルクロスがモゾモゾと動き始めた。

 その中から飛び出してきたのはこまる……ではなく、こまるの母親のマコさん。


「ばぁ〜♪」

「……どうも」

「反応が薄い?!」


 どうやら唯斗を脅かすために待機していたようだが、期待通りのリアクションが得られなかったせいで、彼女はしゅんとして落ち込んでしまう。

 そんな様子を見た寛さんが無言のままじっとこちらを見つめてくるので、彼は仕方なく驚いた振りをしてあげることにした。


「う、うわぁ、びっくりしました」

「ほんと? えへへ、ドッキリ大成功♪」

「あはは、やられちゃいましたね……」


 寛さんも心做しか満足そうだから、きっとこの行動は間違っていないのだろう。

 唯斗はホッと胸を撫で下ろすと、オレンジジュース片手に席に戻って幸せそうに吸い始めるマコさんをチラリと見てから、頭を下げて従業員控え場所へと戻った。


「唯斗君、メイド合格だね!」

「……は?」

「活き活きとしてたよ。これは才能アリかな」


 夕奈の言っていることはよく分からないが、とりあえず最低限の接客は出来ているという意味なのだろう。

 唯斗は勝手にそう解釈すると、偉そうにイスに腰かけている彼女に文句を言った。


「どうして夕奈は働かないの」

「そりゃ、私はメイド長だかんね」

「働きたくないだけでしょ」

「っ……ち、違うし!」

「なら料理運んで」

「仕方ないなぁ、そこまで言うならやってあげるよ」


 やれやれと言わんばかりに首を振った夕奈は、ミートスパゲッティを持って出ていく。

 一番近い席のを持っていったのは気に食わないが、あまり待たせすぎると料理が冷めるので、唯斗もオムライスを2つ持って足早に8番テーブルへと向かった。


「大変お待たせ致しまし――――――――」

「あ、お兄ちゃんだ!」

「あら、唯斗じゃない」

「…………え?」


 名前を呼ばれて手元から顔を上げると、そこに座っていた2人は寛さんとマコさんの何十倍も見知った顔……というか、もはや血縁者だった。


天音あまねとハハーン……」

「いつものようにお母様と呼びなさい」

「いや、呼んでないけど」

「そういう趣味があるなら相談して欲しかったわ」

「着たくて着てるわけじゃないから」

「安心して、お母さんは息子の味方よ」

「……はぁ」


 こうなることが分かりきっていたから、わざとシフトの時間を教えなかったというのに。

 唯斗はこちらを見ながらニヤニヤとしている夕奈犯人を恨みつつ、キラキラした目を向けてくる天音に営業スマイルを見せる。


「お兄ちゃん、可愛い!」

「うん、ありがとう」

「これなら天下取れるね!」

「?」


 一体何の天下なのかはわからないものの、妹から送られてくる純粋な気持ちを跳ね除けることが出来ず、それから10分ほど全身を隈無く観察されることになるのだった。


「兄メイド、いける!」

「……妹の将来が怖いよ」

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