第173話 いっぱい食べる君が好き……とは限らない

「そろそろお昼ご飯の時間だね」

唯斗ゆいと君は何が食べたい?」

「何でもいいかな」

「じゃあ、焼きそばとたこ焼きとお好み焼きと……」


 指を折りながら、周囲にある食べ物を全て言わんばかりに列挙していく彼女。

 別に自分がお金を払うわけでも食べる訳でもないので、別に放っておけばいいと言えばいいのだが、唯斗はあまりの量に思わず制止した。


「少し減らした方がいいんじゃないかな」

「あ、こんなに食べたら太っちゃうもんね」

「そこを気にしてるわけじゃないんだけど」

「唯斗君がそこまで可愛い夕奈ちゃんでいて欲しいって言うなら、焼きそばとたこ焼きだけにしよう!」

「……ああ、どうも」


 正直、夕奈が太ろうと痩せようとどうでもいいので、適当にスルーして空いているたこ焼きから買いに行く。

 彼にとって一番嫌なのは、バクバク食べまくっている人の隣に居続けないといけなくなること。通り行く人に変な目で見られるのは御免だからね。


「毎度ありぃ!」


 元気なレジ係からたこ焼きを受け取り、今度はさっき見た時より少し短くなった焼きそばの列に並ぶ。

 行儀としてはあまり良くないものの、焼きそばが買えるまでにたこ焼きを食べれば時短になるのだ。


「うんめぇ!」

「それは良かった」

「唯斗君はたこ焼き買わなくてよかったの?」

「焼きそばだけでお腹いっぱいになるから」

「さては、夕奈ちゃんのを貰うつもりだな?!」

「あ、スピーカーしかついてないタイプ?」


 話を聞かない悪い子には、軽くほっぺをつねるお仕置き。それでもヘラヘラしている夕奈は、「仕方ないなぁ」と言いながらたこ焼きを差し出してくる。


「ほら、あーん」

「いらないよ」

「美少女からのあーんは受け取り拒否不可だよ」

自称女じしょうじょの間違いじゃない?」

「誰が内面ブサイクや!」

「そこまで言ってないよ」


 その言葉に対して「なら可愛い?」と聞いてくるので、「はいはい、カワイイカワイイ」と答えてあげると、彼女は不満そうに「棒読み……」と呟いた。


「そう言えば、今の時間って瑞希みずきたちのシフトだっけ」

「そうだったと思うけど、それがどうかした?」

「せっかくなら働いてるところ見たいなって」

「唯斗君、まさか瑞希のこと……」

「あんな格好の瑞希なんて滅多に見れないし、照れてるのとか見ておきたいじゃん」

「……ああ、そっちね」


 夕奈はどこかほっとしたように胸を撫で下ろすと、強引に唯斗の口へ最後のたこ焼きを押し込んで列を離れる。


「どうせ次のシフトだし、戻るついでにメイド喫茶でオムライス頼もっかな」

「なんだ、夕奈も見たかったんだ」

「夕奈ちゃんは友達権限で、メイド服くらいいつでも着させられるしー!」

「僕がお願いしても着てくれるかな?」

「代わりに私が着てやんよ♪」

「いや、それはいいかな」

「…………」


 その後、自分のクラスに戻るまで夕奈はしゅんと落ち込んだままだった。

 けれど、瑞希がオムライスを運んでくるとスマホのカメラ機能をオンにして、パシャパシャと写真を撮り始める。

 初めこそ恥ずかしさに震えることしかできない彼女だったが、やがて仕返しとしてオムライスに『英語0点』とケチャップで書いて帰っていった。


「く、黒歴史オムライス……」

「苦い過去は食べて乗り越えろって意味だね」

「あの目はそんな深いこと考えてないと思うけど?!」


 結局、彼女はレジのところからじっと睨んでくる瑞希に震えながら、オムライスと共に思い出したくない過去を飲み込んだのである。


「ごちそうさま」

「ごち! いやぁ、我がクラスながらこれは繁盛するのは必然だね!」

「確かに味も見た目もすごくいいよ。英語0点なんて書かれてない限りは」

「……ナニソレ、シラナイナァ」


 もちろん、いくら本人が忘れようとしたとしても、唯斗の記憶から消えた訳では無いので言われ続けることにはなるが。


「通知表にも残るし」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 そんな風に夕奈が過去に抗っている頃、花音かのんはずっと店の前をウロウロしている人を見つけて声をかけに行った。


「あの、入店されますか?」

「っ……ご、ごめんなさい!」

「あっ、行ってしまいました……」


 そのおかしな行動を不思議に思いながらも、「カノちゃん、シフト終わりだよ〜♪」という風花ふうかの声でその違和感は消え去ってしまったそうな。

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