隣の席の美少女が何故か憐れむような目でこちらを見ているけど、僕には関係がないのでとりあえず寝る ―――ひとりが好きなぼっちだっているんですよ？―――

第172話 やられたらやり返す、仕返しだ

　屋上へ続く階段を昇った先。人が来ることはほとんどない開かずの扉のすぐ横で、夕奈（ゆうな）は尻もちをついていた。

　彼女がここにいる理由はもちろん、唯斗（ゆいと）に連行されたからであり、座り込んでいるのは追い詰められているからである。

｢ちょ、ストップストップ！｣

｢まだ抵抗するの？｣

｢せ、せっかくの文化祭じゃん？　怒りなんて沈めて楽しんだ方が得だと―――――――――｣

｢別に誰も怒ってるなんて言ってないけど｣

｢……え？｣

　近付いてきた唇は目の前を斜めに横切って、彼女の耳元で一度止まる。

　それから｢僕は仕返しがしたいだけだよ｣と囁き、これから訪れるであろう痛みに備えて夕奈がギュッと目を閉じたその瞬間――――――――――――。

｢いっ、いてててて！｣

｢僕の方が痛かったと思うけど？｣

｢ギブ！　ギブだから！｣

　首筋を噛まれた……のでは無く、脇腹をつねられた。それも手加減無しで思いっきり。

｢いたた……ってか、噛むんじゃなかったの？｣

｢言ったでしょ、普通の人は噛まないって｣

｢唯斗君のどこが普通だって言うのさ！｣

｢夕奈よりマシだと思うけど？｣

｢ふっ、さすが私。常人の域を超えてるってか｣

｢超えてるんじゃなくて、下ってるんだよ｣

｢わーわー！　何も聞こえませーんだ！｣

｢ほら、小学生と同じことしてる｣

　やれやれと言わんばかりにため息をつく唯斗に対抗してか、夕奈も深いため息をついてからひょいっと立ち上がった。

｢うわっ、赤くなってる……｣

｢噛んで唾液つけられるよりマシだよ｣

｢美少女の唾液はご褒美っしょ♪｣

｢性格がちょっとね｣

｢濁されると余計に傷つくんだけど?!｣

　ぺちぺちと背中を叩いてくる彼女が鬱陶しいので、唯斗は｢もうお化け屋敷で手握ってあげないよ？｣と言って黙らせる。

　しかし、すぐに｢別にいいしー！｣と強がるので、こっそり夕奈の背後から手を忍ばせて、自分がいる側とは反対の肩を叩いてみた。

｢っ……誰?!｣

｢どうしたの？｣

｢今誰かに触られたよ！｣

｢僕を怖がらせたいならもっとマシなこと言って｣

｢う、嘘じゃないってぇ……｣

　カタカタと震えている姿に内心してやったりと思いつつ、彼は階段を降りて下の階へと向かう。

　途中で彼女が階段でつまづいているので、結局は仕方なく手を貸してあげることにした。転んで怪我されても困るからね。

｢ありがと……｣

｢うん、どういたしまして｣

　唯斗が｢素直なら可愛いのに｣と言うと、夕奈は｢いつだって可愛いし♪｣と調子に乗り始めたので、もう一度脇腹をつねっておいた。

｢跡残ったらどうするのさ！｣

｢その時はちゃんと責任取るよ｣

｢ど、どうやって？｣

｢整形外科医になって傷を目立たないように……｣

｢責任は取れてるけどそうじゃないよ！｣

　彼女は｢もっと簡単に済む方法｣だとか｢見られても問題ない相手が一人いる｣とか、わけのわからないことを言った挙句、唯斗が首を傾げると不満そうに｢ぐるる……｣と喉を鳴らし始める。

｢はぁ、もういいよ。早く次に行こ｣

｢もういいなら余計なこと言わないでよ｣

｢誰のせいなのかなー？｣

｢全部夕奈のせい｣

｢……もうそれでいいよ｣

｢冤罪って認めたら負けなんだよ｣

｢誰のせいなのかな?!｣

　何だかご立腹らしいので、唯斗は夕奈を連れて下の階にあった『人間採点カラオケ』なるものをやっているクラスにやってきた。

｢ストレスは歌って発散しよう｣

｢ストレッサーが目の前にいるのに？｣

｢奇遇だね、僕も同じだよ｣

　軽いジョークのつもりだったのだが、それでさらに不満ゲージが上がった夕奈は、｢カラオケで勝負じゃ！　負けた方がお尻ペンペン20回！｣と教室に入っていく。

｢本当にそれでいいの？｣

｢ふふん、夕奈ちゃんの歌声に惚れてまえ！｣

｢……まあ、本人がいいならいいけど｣

　その後、3回連続で唯斗に完敗した夕奈は、｢よく考えたら私、歌苦手だった……｣と泣きながらお尻を叩かれることになるのだった。

　もちろん直接は色々と問題があるので、隣のクラスから借りてきた新聞紙をガムテープで補強した簡易バットでだけど。

｢……｣

｢……｣

　そんな2人を影から見つめる者が一人……いや、二人いたが、片方はすぐに追いかけてきた女子生徒によって連れていかれてしまった。

｢早く戻らないとポテト売り切れちゃいますよ？｣

｢唯斗が……｣

｢お二人の邪魔はしちゃいけませんからね｣

｢……花音（かのん）、ばか｣