第171話 ゾンビにも家族がいる

 あれからろくろ首の首が伸びそうで伸びないと焦らされたり、ヒタヒタという足音に追いかけられたと思ったら追い越されたり、はたまたこんにゃくがくっついてきたと思ったらはんぺんだったり。

 ある意味色々な驚かされ方をした末に、唯斗ゆいとは『次が最後だよ♪』とポップな字で書かれた看板の前に立っていた。


「もう終わりかけみたいだね」

「はぁはぁ……あとひとつ……」


 落ち着いている彼と違い、夕奈ゆうなは肩を貸してもらわないと歩けないほどフラフラになっている。

 不思議と暗闇でも涙目になっていることが分かった。さすがにこの状態で手を振り払って、1人でゴールまで逃げたりしたら怒るだろうか。

 唯斗は少しその反応も見てみたいと思いつつも、それはまた別の機会にしようと考え直して最後の曲がり角を曲がった。


 ウガァァァァ……


 その直後、背後から何かの呻き声のようなものが聞こえて2人は反射的に振り返る。

 すると、壁だと思っていた所からカーテンを開けて、ゾンビがヨロヨロと入ってきた。

 ちゃんともう一体の仲間が入り切るまで開けておく丁寧さを持ち合わせたゾンビである。


「ひっ?!」

「夕奈、待って。このゾンビ、最初に倒したゾンビと同じ人だよ」

「そんなの気にしてる余裕ないんですけど?!」

「きっと強くなって帰ってきたパターンだよ」

「どうでもいいから早く逃げようよ!」


 出口はここを真っ直ぐ進んだ突き当たり。そんなに怖いなら1人で行けばいいのにと思うが、夕奈は絶対に彼の手を離さなかった。


「母ちゃん……俺……今度こそ……」

「夕奈、こう言ってるよ?」

「精神攻撃が効いちゃってる?!」

「サチコ……お兄ちゃん、頑張る……よ……」

「妹までいるみたいだし、負けてあげない?」

「兄としての性に同情しなくていいから!」


 完全にゾンビのペースに呑まれた唯斗は、ゆっくりとお兄ちゃんゾンビに近づいていく。

 しかし、夕奈も必死に止めようとするも、ゾンビを見てしまうと怖くて足に力が入らなかった。


「こ、こうなったら……」


 あと数歩で捕まる。そんな時、彼女の中で意思が固まった。ゾンビに襲われるくらいなら、自分が身を持ってその恐ろしさを理解させてあげればいいと。


「唯斗君、ごめんね!」


 夕奈は謝りながら唯斗の肩に手を置くと、思いっきり背伸びして彼の首筋にカプッとかぶりつく。

 ゾンビは大抵ここを狙ってくるはず。その痛みを知れば、いくら同情していようとも目が覚めるだろう。

 彼女の思惑は上手く働き、唯斗は「いっ……」と声を漏らして歩みを止めてくれた。

 その隙を狙って襟首を掴んだ夕奈は、力を振り絞って出口まで駆け抜ける。そして。


「や、やっとクリアしたー!」


 ついに、陽の光を浴びられる場所へと到達したのだった。心做しか空気が澄んでいるような気もして、実に晴れ晴れしい気分だ。


「いやぁ、お化け屋敷も大したことないね!」

「……夕奈?」

「え、えっと……なんでございましょう……」


 しばらくぼーっとしていた唯斗と目が合い、蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう彼女。

 それまでのにこやかな笑顔は風に舞う塵のようにどこかへと消え、残ったのは引き攣った苦笑いのみ。


「噛んだよね?」

「わ、私が? ぞ、ゾンビじゃないかなー?」

「そっか、残念だなぁ」

「……どゆこと?」

「夕奈ならもう一度お願いしようかって―――――」

「私がやりました!」

「はい、有罪」

「なんで?!」


 あっさり自白させるための嘘に引っかかった夕奈は、「ずるい! 3個まとめ売りしてるけど、単品で3つ買ったのと値段変わってない商品くらいずるい!」と訳の分からないことを言ってきた。


「当たり前でしょ、人を噛むなんて」

「あのままだとゾンビに噛まれてたもん!」

「中身は普通の人間なんだけど」

「それでも噛むよ! 噛む目してたし!」


 バレバレの嘘で誤魔化そうとする夕奈に「ふーん」と頷いて見せた唯斗は、彼女の手を取ると人の流れと反対向きに歩き始める。


「ど、どこ行くの?」

「人の少ないところ」

「なっ……ついにその時が?!」


 ドクンと胸が跳ね上がった夕奈だったが、彼女の心臓は次の彼の一言によって別の意味で跳ね上がることになるのであった。


「噛まれる痛みを教えてあげようと思ってね」

「……ふぇ?」

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