第170話 お化けはつらいよ

 無事に両方のゾンビを倒して隠し扉を開けた2人は、案内役のジャックの声に従って進んだ。

 唯斗ゆいとが「さっきはジョージだったよね」と聞くも、隣の夕奈ゆうなから返事は返ってこない。


「それにしても広いね。いくつかの教室を繋げて作ってるのかな」


 ダンボールで屋根が作ってあったから分かり辛かったが、思い返せばベランダに出ていた瞬間があったような気もしなくはない。

 この学校はベランダ伝いに同じ階の教室へ行けるから、それを繰り返せば長いお化け屋敷も作れるのだ。


「な、何教室分くらいあるの?」

「それは分からないけど、隣のクラスもその隣のクラスも外で店をやってたからね」

「ってことは、少なくとも3教室分……」

「もう半分だね」

半分だから」


 深いため息をつく彼女を横目で見つつ、唯斗はそれならどうして誘ってきたのだろうと首を傾げた。

 文化祭はお化け屋敷に入らないと呪われる的な迷信でもあるのかな。そんなことを思っていると、横にあった障子の隙間から白い手が飛び出してくる。


「いやぁぁぁぁぁぁ!」

「あ、え、ちょ……」


 突然肩に触れられて叫び声を上げた夕奈は、パニックになってその手を掴んだ。

 そしてくるりと方向転換すると、障子ごとお化け役の人を背負い投げして床に叩き付ける。


「いてて……」

「大丈夫ですか?」


 投げられたお化け役は少し痛みを感じた程度で、特に怪我をしたりはしていなかった。障子も予備があるので大丈夫とのこと。

 何度か謝ってからその場から離れた唯斗は、同じようなことが怒らないように注意しておくため、「めっ」と彼女のおでこに人差し指を当てた。


「夕奈、相手は人なんだから手は出しちゃダメだよ」

「じゃあ、次からは蹴りで我慢する……」

「足も出しちゃダメ」

「唯斗君にも?」

「あたりまえでしょ」


 夕奈が「反射的に出ちゃうし……」と俯くので、彼は仕方ないと言わんばかりにため息をつきながら、彼女の前に右手を差し出して見せる。


「繋いでてあげるから」

「え、いいの?」

「お化け屋敷側に迷惑はかけられないからね」

「……ありがと」


 暗闇でも温かさが伝わってくるような笑顔を浮かべながら、差し出された右手……ではなく、腕そのものにギュッと抱きついてきた。

 この体勢だと体がかなり密着してくるが、伝わってくる鼓動が速いことに気がついてしまうと、歩きにくいなんて些細な文句は言えなかった。


「行こっか」

「……」


 彼女が頷いたのを確認して、唯斗はゆっくりと歩き出す。内心、自然と歩くペースが合うことに驚きつつ、お化けが出てきそうなスポットに目を向ける。

 障子の次に見えたのは、青白いスポットライトに照らされた井戸。あからさまに何かが出てきそうな雰囲気だ。


「1枚……2枚……3枚……」

「ゆ、ゆゆゆゆゆ唯斗きゅん?!」

「大丈夫、ただのお岩さんだよ」


 旦那のお気に入りのお皿を割ってしまったがゆえに殺された女性が、夜な夜な井戸から現れてお皿を数えるなんて話は定番。

 そんなものを今更怖がる理由なんてない……と思っていた唯斗だが、井戸から顔を出したそれには思わず目を丸くしてしまった。


「8枚……9枚……1枚足りなぁい……」


 井戸の縁に皿を置きながらしくしくと泣くソレは、どう見てもお岩さんではなく―――――――。


「……カッパ?」

「カッパ……だよね?」


 少しリアルなカッパだった。ちゃんと背中に甲羅も背負っているあたり、そこそこお金のかかった変装らしい。

 確かにこれが川で泳いでいたら恐ろしいとは思う。しかし、お岩さんとポジションチェンジしたと考えると、正直怖さよりも意外さが勝ってしまった。


「夕奈、大丈夫?」

「なんというか……これは怖くないかも」

「僕もそう思ってたところ」


 いまいちしっくり来ていなかった唯斗だが、夕奈の「まあ、斬新なんじゃない?」という言葉に頷くと、カッパに一言だけ声をかけてからその場を立ち去ることにした。


「頭の上の、数え忘れてますよ」

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