第169話 お化け屋敷も時代とともに変わるもの

「次の方、どうぞ!」


 お化け屋敷の入口前。ようやく順番が回ってきた唯斗ゆいとは、その言葉を聞いて一歩前へ出る。

 夕奈ゆうなも制服を掴んで着いてくるけれど、数分前とは打って変わってビクビクしていた。


「……嫌ならやめようか?」

「い、嫌じゃないし!」


 ここまでバレバレなのに、隠し通せていると思っているところがすごい。

 何にせよ、唯斗からすれば本人がいいと言うなら進むしかないわけで。この後の展開は大体読めているものの、仕方なく暗闇の中へと踏み込んだ。


『ようこそ、恐怖の館へ。私は案内役のジョージと申します』


 どこかにスピーカーが設置されているのか、録音したらしい声が聞こえてくる。明らかに日本人の声だけど、名前はそれでよかったのかな。


「だ、誰かいるの?!」

「目くらい開けなよ、見えないでしょ」

「見えてるし! 夕奈ちゃん舐めんな!」

「へぇ、じゃあ隣にいるその人も見えてるんだ?」

「…………」

「あれ、夕奈? 生きてる?」

「…………」


 目を閉じたまま動かなくなってしまった。少しからかうだけのつもりだったのだが、思ったより怖がらせてしまったらしい。

 唯斗は彼女を引きずるようにして入口から廊下に出ると、受付係の生徒に事情を説明して少し横で休ませてもらった。


「……はっ?! ここはどこ?」

「お化け屋敷の前だよ」

「気付かない間に完走したってことか!」

「3歩目でリタイアだよ」

「くそぉぉぉぉ!」


 受付係の子は「そこまで怖がって貰えると嬉しいです」と微笑むが、夕奈は決して認めたくないらしく「怖くないし!」と言い張る。


「なら、もう1回行こう」

「の、のののの望むところよ!」

「震えてるよ?」

「武者震いじゃけ、気にせんときなはれ!」


 怖がりすぎてどこかの方言を話し始めた彼女と一緒に列に並び直そうとすると、受付係の子が「さっき入られたばかりなので、再入場はすぐで大丈夫です」と合法的に割り込みさせてくれた。


「死期が早まった……」

「やっぱり怖がってるよね?」

「た、楽しみだし!」

「怖がってる女の子って可愛いよね」

「やだぁ、お化けこーわーいー!」

「……なんか違うね」

「いつか化けて出てやんよ」


 彼が「夕奈の霊なら怖くないね」なんて言っていると、ついに2度目の順番が回ってくる。

 会話で少し心が解れたのか、さっきよりも落ち着いて入っていけていた彼女だが、服を掴んでくる手の力は一歩進むごとに少しづつ強くなってきた。


『よう、ジョージだ。その先は左だ、右には行くんじゃないぞ? 絶対だからな?』


 迷路ならともかく、お化け屋敷で分かれ道とは珍しい。唯斗がそう思いながら左に曲がろうとすると、夕奈が彼の腕を掴んで引き止める。


「これはきっと挑発だよ」

「夕奈の髪が長いことくらい知ってるけど」

「長髪じゃなくて挑発。正解は右に違いない!」

「僕は左だと思うけどなぁ」

「夕奈ちゃんを信じんしゃい!」


 そこまで言うなら仕方ないと方向を転換し、2人並んで右へと進む。が、唯斗は突き当たりにロッカーが置いてあるのを見て察した。


「夕奈、あれは罠だよ」

「そんなわけないやん」

「怖がってるくせに我が強くない?」

「どんな時でも自分を持ってるんだZE☆」

「……じゃあ、あの中を確認してきてよ」


 その言葉にはさすがの夕奈も嫌がっていたが、「何も無かったらなにか奢る」と伝えたら喜んで走って行く。

 そして数秒後、泣きながら駆け戻ってきた。背後にはやけにリアルなゾンビ、ロッカーから飛び出してきたのだろう。


「ごめんなさいごめんなさい! 夕奈ちゃんが間違ってましたぁぁぁ!」

「でしょ? 自分を信じすぎるのは危険だよ」

「なっ……でも、もう左が安全って分かったし!」


 泣き顔を見られたのが恥ずかしいのか、唯斗の腕を掴んでいた手を離すと、ぷいっと顔を背けて左の道へ進み始める彼女。

 何かに気がついた唯斗が「待って」と呼び止める声も聞かずに進み続けた夕奈は、数秒後にまた逃げ帰ってくることになる。


「両方罠ってありえるの?!」

「だから止めたのに」

「もっとしっかり止めてよ! 止めた上で告白して結婚指輪も出しちゃってよ!」

「それ、どこの海外ドラマなの」


 彼は短くため息をつくと、正面の壁にそっと触れてみる。暗さに目が慣れるまでは分からなかったが、ここの一部だけがカーテンになっているのだ。


「ほら、あったよ」


 そう言って向こう側から取り出したのは、弾の入っていないエアガン。レーザーポインター付きで狙いが着けやすいタイプのやつだった。


「これでゾンビを倒すんだね」

「……お化け屋敷のお化け、倒していいんだっけ?」

「普段出来ないからこそ、斬新なんじゃない?」


 唯斗はそう言いながらもう一丁を夕奈に手渡すと、右側のゾンビに向かって銃を構える。

 そして引き金を引いた瞬間、呻き声を上げながらゾンビが倒れた。「母ちゃん……俺、強くなれな……かった……」とも言っていた。


「……お化け屋敷って精神攻撃もしてくるっけ?」

「普段ないからこそ、斬新なんじゃない?」

「全部それで正当化は出来ないよね?!」


 お化け屋敷はまだまだ長い。けれど、これなら夕奈も楽しんでくれそうな気がするよ。

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