第167話 お祭り女さんが通る

 翌日、いつも通りの時間で学校に到着した唯斗ゆいとは、最終段階の準備を終わらせて談笑しているクラスメイトたちを横目に自分の席へと向かう。


「……あ、そっか」


 そこで机とイスが移動させられていることを思い出し、仕方なく窓枠のちょっとした幅に腰を下ろした。

 教室内を見回してみれば、楽しそうな顔がいくつも目に付く。彼も楽しめない訳では無いが、やっぱりざわざわとしているのは好きじゃない。

 そんなことを思っていると、黒板に書く予定の『メイド喫茶』の『喫』が書けずに悩んでいた夕奈ゆうなが、チョークを近くにいた女子生徒に押し付けてこちらへやってくる。


「唯斗君、おはよー!」

「……ん、おはよ」

「祭りだよ? もっと元気出そうよ!」

「夕奈が静かにしてくれたら元気になるかな」

「……」

「なんで急に黙るの」

「言われた通りにしただけなんだけど?!」


 不満そうに頬を膨らませる彼女に「夕奈が従順だなんて明日は竜巻だね」というと、「夕奈ちゃん旋風が巻き起こるぜ♪」なんて言いながら踊り始めたので、とりあえず知り合いだと思われないように他人のフリをしておいた。


「そろそろ時間だな、第一シフトのメイド係は着替えに行ってくれ。裏方は材料を調理室に運ぶんだ」

「「「「「はーい」」」」」


 瑞希みずきの言葉で、いくらかの生徒が教室から出ていく。唯斗らのシフトは昼過ぎなのでまだまだ先だ。


「他の奴らは各自で文化祭を楽しんできてくれ。シフトの時間にはちゃんと戻ってこいよ」


 彼女が「解散!」と言うと、残っていたクラスメイトもぞろぞろと廊下へ出始める。

 唯斗は「私たちも行くか」と花音かのんの手を引く瑞希と楽しそうに微笑む風花ふうか、こちらをチラチラと振り返るこまるを見送った後、夕奈の方へ視線を戻した。


「僕たちも行こっか」

「イエッサー!」


 ピシッと敬礼して見せる彼女と教室を後にした彼は、とりあえず校舎から出て店の並ぶエリアへと移動する。


「うわ、どこも人が多いよ」

「祭りだかんね」

「さっきから祭り祭りって、そんなに好きなの?」

「ふっ、真のお祭り女とは夕奈ちゃんのことよ!」

「……そっか」


 ドヤっと胸を張ってみせる夕奈を前に、唯斗がため息を零しつつ「なんかごめん」と言うと、彼女はよく分からないと言いたげに首を傾げた。


「ほら、夏祭りの日。僕の看病してもらって祭りに行けなかったでしょ」

「あー、そういえばそんなこともあったね」

「結局看病し合うことになったけど、そんなに祭り好きならお返しし切れてないのかなって」

「そんなこと、今更言っても仕方ないじゃん?」

「それはそうだけど……」


 眉を八の字にして唸り始めてしまう彼の横顔をじっと見つめた夕奈は、どうしようかと悩んだ挙句「確かに埋め合わせが必要だよねー」と言いながらにんまりと頬を緩める。


「でも、あの時は私から誘った。今日は唯斗君から誘ってくれた。それだけで私の心の穴はしっかり埋められちゃったよ」

「夕奈……」

「それでも唯斗君が罪悪感を抱えるなら、来年の夏祭りは一緒に行ってあげないこともないかな♪」

「ありがとう、ちょっと安心した」


 互いに微笑み合う2人。夕奈の言葉は暗に『来年の夏もそばに居る』ということを言っているが、唯斗がそれに気づいているのかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、彼の「瑞希たちも一緒?」と言う言葉に夕奈が嫌な予感を覚えたことだけだ。


「えっと、2人だけってのは……」

「あ、それならいいや」

「なんで?!」

「休日にわざわざ夕奈と2人で会うなんてムリムリ」

「え、浴衣姿の夕奈ちゃんに恋しちゃうからって?」

「誰もそんなこと言ってないけど」

「水着姿でもかなり我慢してたって?」

「むしろ何も感じなかったよ」

「もぅ、猫耳に大興奮なんてそんなぁ♪」

「……そんな記憶無いんだけど」


 真顔での指摘に首を捻った夕奈の零した「あ、それは一人でコスプレしてた時のやつだ……」という呟きは、気まずいので何も聞かなかったことにしておいてあげた。

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