第165話 独り言はキケン

 夕飯を食べ終えた後のこと。


『文化祭、一緒に回って』


 夕奈ゆうなは学校でのことを思い出しながら、何度も頭の中で反響するその言葉にベッドの上で悶えていた。


「んにゃぁぁぁ! わからんわからん!」


 確かに普段の唯斗ゆいとと比べれば明らかにデレていたはず。表情だって優しかったし、自分の存在を認めてくれたことは確かなのだ。

 けれど、だからと言ってあれを『告白』として捉えていいのかと、夕奈は頭を悩ませているのである。


「いや、唯斗君はハッキリと嫌いって言う人間。それなら好きもはっきり言うはず……」


 そう口に出して自分に言い聞かせるけれど、胸の鼓動が落ち着く気配はない。

 むしろ考えれば考えるほど苦しくなって、どんな顔をして彼に会えばいいのか分からなくなりそうだった。


「あらあら、難しい顔ばかりしてると可愛顔が台無しになっちゃうよ?」

「今はそれどころじゃ……ってお姉ちゃん?!」

「はーい、頼れるお姉ちゃんですよ〜♪」


 ニコニコと笑いながら手を振る陽葵ひまりに、夕奈は体を傾けてドアの方を見る。

 確かに邪魔されないように鍵はかけて置いたはず。そして作られた合鍵も全て処分させたはずだというのに!


「今、どうやって入ったのかって思ってる?」

「そりゃ、まあ……」

「ふふふ、我が妹よ。目に見えているものだけが全てじゃないのだよ」

「何言ってるの、頭おかしくなった?」

「夕奈ちゃんにだけは言われたくないかな」

「それが妹に対して言うことか?!」

「妹だからこそ好き勝手言えるのよ」


 チッチッチッと指を振ってみせる彼女にため息をこぼしつつ、とりあえずドアに近付いて観察してみる。

 見た目は特に変わりはないし、仕掛けがされた痕跡も見当たらないが、姉の言うことを信じるのなら問題は目に見える部分では無いのだろう。


「ふっ、お困りのようだね」

「原因を作ったのはお姉ちゃんのくせに」

「仕方ない、答えを教えてあげましょうかね」


 陽葵はそう言いながらドアのツマミを90度回転させて見せた。もちろんカチャッと鍵のかかる音が聞こえてくる。

 しかし、その状態のまま彼女がドアノブを捻ると、ドアはあっさりと開いてしまった。


「正解は、鍵がかからなくなる細工をされているでした! ドンドンパフパフ♪」

「……は?」


 一度では飲み込み切れず、夕奈も自分の手で鍵を回してドアノブを捻ってみる。それでもやっぱり開く。

 何度か繰り返しているうちに、最近鍵をかける時に覚えるようになった違和感の正体を理解し、それが2週間ほど前だったことも何となく思い出した。


「お姉ちゃん、もしかして盗み聞きしたりしてないよね?」

「あたりまえでしょ? 私をなんだと思ってるの!」

「人の部屋の鍵を改造して忍び込んで来る変態」

「そんな褒めないでよ、お姉ちゃん照れちゃう」

「ミリも褒め言葉入ってないんだけど」


 明らかに怪しい。姉が嘘をつく時はこうして馬鹿な振りをして誤魔化すことが多いことを、妹である夕奈はよく知っているのだ。


「じゃあ、お姉ちゃんに問題です。昨日の夜、私はどんな独り言を呟いていたでしょうか」

「答えたら怒るでしょ、その手には乗らないもん」

「正解者にはA〇ple Payを――――――」

「『明日には唯斗君のメイド服姿……やば、ヨダレ出てきちゃった』って言ってました!」

「はい、重罪」

「なんで?!」


 その後、陽葵が妹の手によって粛清されたことは言うまでもない。

 ついでにドアの修理代も支払わされることになったが、そこは自業自得なので特に心は痛まなかった。


「ところで、Ap〇le Payは?」

「もちろんあげるよ」

「さすが我が妹!……って、何これ」


 彼女が手渡されたのは顔と同じくらいのサイズの袋。開けてみてもApp〇e Payが入ってるなんてことはなく、中身はりんご風味のポテチである。


「食べてみて」

「まあ、お姉ちゃんもらえるものはもらうけど」

「どう? 味の感想は?」

「えっと、りんごみたいかな」


 自分はいったい何をさせられているのか。そう困惑する姉に向かって、夕奈はドヤ顔でこう言って見せるのだった。


「ほら、でしょ?」


 これが大して面白くもないダジャレであると気が付くのに、陽葵は1時間半かかったらしい。

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