第164話 見て見ぬふりをするのも罪
「もう僕に関わらないで」
「ゆ、夕奈ちゃん、また何か悪いことした?」
「ううん、悪いのは僕の方だよ。だから、もう関わらない方がいいって言ってるの」
「唯斗君は何も悪くない! それを言うなら女装させた私の責任だし……」
困惑しているのか、彼女の視線は右へ左へ行ったり来たり。ついには何も言葉を返せずに、下唇を噛み締めながら押し黙ってしまった。
「夕奈が面倒事に巻き込まれるのは嫌なんだ」
「……夕奈ちゃんは嫌じゃないよ?」
「僕のせいで怪我でもされたら責任取れないし」
「そんなヤワじゃないもん……」
「分かってる、分かってるけど僕は一人がいい。気楽だったんだよ、誰のことも気にしなくていいってのが」
「でも……でも……」
「助けてくれた夕奈はかっこよかったし、感謝もしてる。でも、僕はそんなふうに体を張ってもらっていい人間じゃないから」
唯斗が俯きながら「そんな価値ないし」と呟くと、目の前の彼女はじわっと涙を滲ませながら拳を握りしめた。
こぼれそうになるものを全て堪えて、『そっか、仕方ないね』と笑顔で返そうとしたけれど言葉にならない。
結局は自分の気持ちを素直に伝えるしかないのだ。そうじゃないと自分のことがどんどん嫌いになって、過去を恨んでしまうから。
夕奈はそう自分に言い聞かせるように心の中で唱えると、震える声を必死に押えながらいつもと変わらないからかうような口調で「馬鹿すぎ」と言った。
「価値がないとか決めつけてる辺り、唯斗君って本当に馬鹿だよね」
「そうだよ、馬鹿だよ。でも、それが事実だから」
「決めつけんな、この頑固者!」
「っ……」
「何が巻き込みたくないだって? トラブルメーカーは夕奈ちゃんだっての! 自分で作ったトラブルくらい、自分でなんとかしてやんよ!」
夕奈は怒鳴るようにそう口にすると、唯斗を壁に押し付けながらドンッと手をつく。
身長差のせいで少し不格好な壁ドンだが、今の彼には十分な圧だった。
「唯斗君の価値は私が決める、異論は認めない!」
「で、でも……」
「少なくとも私にとって唯斗君は、
「っ……」
「ハルちゃんとの過去を忘れられないのは分かる。だからって、私まで一緒にしないで。今を見えないふりするのはやめて」
彼女は壁に当てていた手を唯斗の頬へ添えると、真っ直ぐに見つめながらはにかむように笑う。
その笑顔は心做しかすごく温かくて、心の氷が少しづつ溶けていくような気がした。
「ちゃんと私を見て、ちゃんと唯斗君を見せてよ」
「……」
「今すぐになんてわがままは言わないからさ。愚痴があるなら全部私が聞いてあげるし」
「……いいの?」
「もちのろんよ! 私バカだからすぐ忘れちゃうし、安心して話せるっしょ?」
自虐しながらケタケタと笑う彼女を見ていると、一人で勝手に悩んでいたことが馬鹿らしく思えてきた。
目の前に自分を受け入れてくれる人が居たのに、そんなにも大切な存在を無視していたなんて……。
「夕奈ちゃんはこんなにも唯斗君を大切に思ってるよ?」
「……そうだね、素直に受け止めないと」
「ふふん、光栄に思いたまえ♪」
「アリガタイナァ」
「棒読み?!」
少しづついつもの色を取り戻し始めた会話。唯斗も本当はもう分かっていたのだ、夕奈と一緒にいることを初めの頃より苦痛に感じなくなっていると。
むしろ、隣にいるのが当たり前で、もしも居なくなったとしたら寂しく――――――――――。
「夕奈、嫌じゃなければでいいんだけどさ」
「こ、告白か?!」
「ちが……うん、違うよ」
「今、躊躇った? ついに唯斗君にデレ期か!」
「……そういうテンションならやっぱりいいや」
彼は夕奈から目を背けると、更衣場所に向けて歩を進める。
しかし、「気になって朝も起きれないよ!」と文句を言ってくる彼女に折れて、結局は仕方なくそのお願いを口にすることになるのであった。
「文化祭、一緒に回って欲しい」
夕奈が「……これは夢?」と固まっているので、唯斗が「現実だよ」と教えてあげると、彼女は「確かめるしかありませんな!」と言って唇を突き出してくる。
「唯斗君、ちょっとキスし―――――――」
「どこが一番目覚めがいいと思う?」
「じょ、冗談だから! とりあえず拳を下ろそう!」
「そう言えば、くすぐりの方が苦しいんだっけ?」
「…………冗談、だよね?」
「それはどうだろうね、試してみる?」
その後、数名の生徒によって廊下で倒れているメイド服姿の女子生徒が発見されたらしい。
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