第160話 妹の心を読むのは難しい

 帰宅後、リビングに入ると天音あまねがスマホ片手に駆け寄ってきた。なんだか嬉しそうだ。


「お兄ちゃん! 師匠達からぬいぐるみのお礼が届いたよ!」

「よかったね、みんな喜んでたよ」

「えへへ、500円つぎ込んだ甲斐があるね」

「全部母さんから渡されたお金だけど」


 何にせよ自分から支出があった訳でもないし、欲しかった枕も注文して貰えたし、唯斗ゆいとからすれば得しかない日だった。

 一番の収穫はもちろん、妹との時間の大切さに気付けたところだけどね。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「この前の……ううん、やっぱりいいや」


 天音は何かを言いかけたものの、小さく首を横に振って話を止めてしまう。

 何か深刻なことなら今すぐに聞いておきたかったが、先に「また今度聞くね」と言われてしまってはそれ以上踏み込むことは出来ない。

 しばらくの静寂の後、唯斗はもう気にしてないというアピールとして大きく話を切りかえた。


「ぬいぐるみって、お兄ちゃんには無いの?」

「あるよ!」

「くれる?」

「もちろん! どーぞ♪」


 そう言ってニコニコしながら手渡されたのは、スズメのぬいぐるみ。

 妹がプレゼントしてくれるなんて、兄としてすごく嬉しいし本当なら飛び跳ねて喜びたいところだけれど―――――――――。


「ゆ、夕奈と同じ……」

「スズメだけ2つ取れちゃったから」

「だから家を出る前に『師匠にはスズメね』って念を押してきたんだね」

「……てへっ♥」


 誤魔化そうとしたってそうはいかない……と思いつつも、可愛らしい天音のとぼけ顔を見ていると、自然とまあいいかという気分になってきた。

 ひとりで眺めている分には同じでも問題は無いわけだし、そのマイナスを打ち消すくらいに嬉しいのは確かだからね。


「大切にするよ」

「えへへ、10年後に確認するからね?」

「それはぬいぐるみ側が耐えてるか分からないけど」

「首だけになっても持ってて」

「……善処はするよ」


 さすがにスズメの首だけ置いておくとなると、母さんに頭の中を心配されかねない。

 唯斗はちゃんと手入れをしていれば、10年くらいなら持つだろうかと考えつつ、受け取ったぬいぐるみを指の腹で撫でた。


「な、なんなら天音がお兄ちゃんのぬいぐるみになってあげてもいいけど……」

「……」

「お兄ちゃん?」

「あ、ごめん。ぼーっとしてて聞いてなかった」

「むぅ、なら別にいいもん!」


 不満そうに頬を膨らませながら、ぷいっと顔を背けてリビングを出ていってしまう天音。

 唯斗はその足音を聴きつつ、何を怒ってるんだろうと首を傾げながら、手のひらの上のスズメを優しく両手で包み込むのだった。


「どこに飾ろうかな」


 ただしこの後、隣の部屋から『スズメの中に盗聴器仕掛けといた』という声が聞こえてきたことで、しばらく部屋の中に入れることが出来なくなるのだけれど、それはまた別のお話。


「え、嘘だったの?」

「妹の勇気を無駄にした仕返しだもん」

「……なんのこと?」

「知りたいなら師匠と結婚して」

「お兄ちゃん、ちょっと眠いかも」

「逃げようとしないでよ!」


 部屋に戻ろうとしたところで足に抱きつかれ、「なら、久しぶりに一緒に寝て」というお願いを了承するまで離れてくれなかった。


「どうして怒ってるのに甘えてくるの?」

「別に怒ってないもん」

「絶対怒ってたよ」

「怒ってない!」

「……ほんとかなぁ」


 妹心は難しいなと頭を悩ませる唯斗。もちろん、その晩部屋にやってきた天音とは、仲良く寄り添いながら眠ったけれど。

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