第158話 世の中には失えば拾えないものもある
「し、仕方ない! 2人も大人になる時が来たんだよ!」
「は?」
「マルちゃん、カノちゃん。そのブニブニしたやつの使い方はね―――――――――――」
「いや、させないよ?」
2人の期待の眼差しに血迷ったのか、本当のことを教えようとする
「夕奈、何しようとしてるの」
「2人に学校では教えてくれないことを教えてあげようかと……」
「知らなくていいこともあるんだよ」
夕奈は「でも……」と文句を言ってくるが、ここばかりは引くことなんて出来ない。穢れを知らない心は唯斗にとって、貴重な安寧の場所なのだ。
「知っておいた方が身を守れると思うよ?」
「なら、代わりに僕が守る」
「私のことは守ってくれないのに?」
「夕奈は自分で守れるでしょ」
「こんなか弱い女の子になんてことを!」
そう不満を口にする彼女に「か弱い女の子は南京錠を蹴り壊したりしないと思うけど」と言うと、「な、なんのことかにゃー?」と誤魔化されてしまう。
「とにかく、2人には何も言わないで」
「だが断る!」
「ポテトを奢る」
「知らなくていいこともあるよね、うんうん!」
よし、何とかいうことを聞かせる事に成功した。夕奈は最近金欠だと言っていたことから、唯斗は彼女がファストフードなんて食べれていないだろうと考えたのだ。
あの絶妙な塩加減とクーポンの誘惑には、人間なら誰しもが勝てないのである。
「お待たせ、もう話し終わったよ」
「何のお話ですか?」
「それの使い方を確認してただけだよ」
唯斗はそう言いながらこまるの持っているものを受け取ると、台の上をコロコロと転がして見せた。
「こうすれば、静電気でくっついたホコリが取れる。そういうお掃除グッズなんだよ」
「すごいです! 文明の利器です!」
「洗えば何度でも使えるからね」
その説明に
「穴ある、なぜ?」
「えっと、裏返せばもう一度使えるとか何とか……」
「でも、中はツルツルじゃない」
「その方が表面積が増えるからじゃないかな」
「……なるほど」
穴を広げたり、指を突っ込んだりしている様は目を逸らしたくなるが、今だけの我慢だと自分に言い聞かせて表情を変えないように努力する。
花音が「便利そうですし、買ってもいいですか?」と聞いてきた時には、さすがに大慌てで止めたけど。
「もっと使えるの知ってるから、ね?」
「そうですか? なら、唯斗さんのおすすめに任せます!」
「その方がいいよ。お互いのためにもね」
ずっと笑いを堪えている夕奈が鬱陶しいが、そこも何とか意識しないようにしてレジへと向かう。
折り紙とクリアファイルを購入し終えたら、先に外に出ていた3人と合流して駅前に足を向けた。
「せっかくだし、駅前のドナルドに寄ってかぬか?」
「ドナルド?」
「ああ、庶民はマクドと呼ぶのだったかな」
「夕奈もバリバリ庶民でしょ」
奢ってもらえるからなのか、やたら偉そうな彼女に軽くツッコミつつ、花音も「もうお腹ぺこぺこですよ」と言うので入店する。
確保した席を見張っている代わりに、自分の分も買ってきてと夕奈に財布を渡せば、特に怪しまれることなく奢ることに成功。
少なくとも唯斗の中では、そういう算段のはずだったのだが――――――――――――。
「ゆ、夕奈ちゃん、夜ご飯食べれるんですか?」
「へーきへーき!」
「夕奈、大食い」
「誰がプリン体やねん!」
「言ってない」
こまるたちも驚くほどの量を買って来られ、財布の中を見て彼は言葉を失った。
「夕奈、返して」
「んー? なんのことかにゃ?」
「誤魔化さないで」
「本当のこと、言ってもいいの?」
「……悪魔め」
その後、結局ポテト以外の代金は返してくれたのだが、一度失った信用が戻ってくるのはもう少し先のことになりそうである。
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