第157話 知識は時に人を苦しめる
「何を買いに来たんだっけ」
「メモ持ってるよ。折り紙と名札、それと……これなんて読むの?」
「ああ、
「伝票入れのことか」
「でも、置いてあるかな?」
「さっき調べたけど、斜筒は注文して買う方がいいと思うよ。ド〇キの商品検索にも引っかからなかったし」
「なら、折り紙と名札だけでいいかな」
夕奈はそう言って店の奥へと進むと、慣れた足取りで折り紙のあるエリアへ到着し、いくらか掴んでカゴに入れる。
「へぇ、たまには頼りになるね」
「いつも頼れる夕奈ちゃんっしょ?」
「……?」
「いや、本気で悩まないで?!」
そんな瞬間あったかなと首を一捻り二捻り。結局頼りになった記憶もした記憶もないなと言う結論に至り、「冗談やん……」と若干傷ついている彼女を連れて名札を探し始めた。
「うーん、無いね」
「ありそうだと思ったんだけどなー」
「でも、ピンと透明なクリアファイルはあったから、あれで代用しよっか」
「どうやるの?」
まず、クリアファイルを名札の大きさの四角に2枚分切り抜き、三辺を水のりでくっつける。
数十分置いて完全に乾いたら、貼り合わせていない辺に丸い穴をふたつ開け、そこにピンを通せば少し安っぽい名札の完成。
「あとは名前を書いた紙を入れておけば、名札の代わりにはなると思うよ」
「なるほどなるほど」
「クリアファイル1枚で6人から8人分作れるし、5枚入りをひとつ買うだけで済むからコスパもいい」
「さ、さすが唯斗君……」
「お金の心配がないなら、ネット注文の方がちゃんとしたものが手に入るだろうけど」
「いや、その案採用しよう!」
夕奈はそう言うと、文房具エリアへと戻ってクリアファイルとピンをカゴに入れる。
これで買うべきものは全て見つかったことになるから、次の工程はお会計……のはずだが。
「……そう言えば、こまると
ふと、2人がずっと着いてきていなかったことを思い出した。何か興味を引かれるものでも見つけて、フラフラと歩いていっちゃったのかな。
そう思いながら店内を探し回っていると、花音の方は案外あっさりと見つかった。
「花音、何してるの」
「っ……す、すみません、見蕩れてましたぁ……」
彼女は店の前にある大きな水槽をを覗き込んで、行ったり来たりする魚たちをじっと見つめていたのだ。
花音らしいと言えば花音らしいし、むしろサボった理由が微笑ましいとさえ思える。
だから、唯斗は怒られると思って怯えている彼女の隣で水槽を覗き込むと、「あんまり美味しそうじゃないね」なんて言って微笑んだ。
「食用じゃないですよ?」
「観賞用だね」
「うぅ、なんだかお腹が空いてきちゃいました……」
「それなら何か食べて帰ろっか」
「はいです♪」
「じゃあ、早くこまるも見つけよう」
花音の手を引いて店内へ戻った彼は夕奈と合流し、こまるの捜索を始める。
それでも見つからず、探していない場所は彼らの目の前にある18禁エリアだけとなった。
「いや、この先にはいるわけないか」
「きっと、どこかで入れ違いになったんだよ」
「そうだよね。もう一回探し――――――――」
探し直そう。口から出かけた言葉は喉奥で止まる。だって、18歳未満進入禁止と書かれた張り紙の向こう側に、こまるの姿が見えてしまったから。
「……あっ」
彼女は3人の存在に気が付くと、手に持っていたものを見せながら、相変わらずの無表情で首を傾げる。
「これ、なに?」
盗難防止の紐がついている辺り、商品の触り心地を確かめるための見本として棚に置かれていたりしたのだろう。
こまるの手の中でにぎにぎとされるゴム製のそれは、とてもじゃないが無垢な少女に説明できるようなものではなかった。
「なんですかね? すごく柔らかいです……」
何も知らない花音まで向こう側に加わり、見本を手で挟んだり引っ張ったりし始める。
その異様な光景に、唯斗と夕奈が目を見合わせて口篭ったことは言うまでもない。
「……」
「……」
それからしばらくの間、2人にとって気まずい時間が流れた。穴があったら入りたい……なんて、今は冗談でも言えないね。
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