第152話 べ、別にあんたのためじゃないんだからね!っていう人、現実にいるのかな

 文化祭と言えばと聞かれたら、普通の人は何と答えるだろうか。

 楽しい行事だとか、準備をみんなでするのが良いだとか、買い出しやら打ち上げなんかを挙げる人だっているかもしれない。

 しかし、小田原おだわら 唯斗ゆいとはそんなものに興味がなかった。彼が欲っするものはただひとつ、眠るのに適した静かな場所だけ。


「あー! こんなところにいたんか!」

「……はぁ」


 それでも夕奈ゆうなはやって来る。

 文化祭へ向けた放課後の準備のため、「暇な人は強制居残りだかんね!」と言われて労働を強いられた唯斗は2日目にして逃げ出した。

 そして今日は5日目。この4日間、毎度違う場所に隠れているにも関わらず、必ず10分以内に発見されるのだから恐ろしい。


「いつもどうやって見つけてるの」

「ふふん♪ 匂いを辿ってきたのさ!」

「……えっ」

「ガチ引きしないで?! 嘘だから!」

「じゃあ、本当は?」

「唯斗君が隠れる場所なんて静かな場所でしょ? 放課後に残ってる人が多いこの時期に、静かな場所なんて数少ないからね」

「なるほど」


 つまり、候補が少ないからこそ当てずっぽうでも何番目かには当たっているということらしい。

 同じ場所に隠れることがないとすれば、さらに絞られるわけだからね。


「ほら、戻ろ?」

「断る」

「みんな頑張ってるんだからね?」

「僕は頑張りたくないよ」

「わがまま言わない!」

「……ちっ」


 舌打ちをする唯斗に夕奈は文句を言う……かと思ったが、意外にも仕方ないと言う風にため息をついて、彼の隣にそっも腰を下ろした。


「なら、私もサボる」

「夕奈はまとめ役でしょ」

「唯斗君をまとめられてない時点で意味ないしぃ」

「ふっ、無能」

「誰のせいじゃ、おら」


 グリグリと脇腹を攻撃してくる彼女に対抗して、唯斗も夕奈のこめかみを親指で押す。

 ただ、勉強していない硬い頭にはむしろ気持ちいい刺激だったようで、「もっとやって」とせがまれてしまった。


「さすが学年一のバカ……」

「学年一、いい響きだ」

「それでドヤ顔が出来る神経が羨ましいよ」

「そんな褒めないでよー♪」

「夕奈って可愛いよね」

「な、なんで褒めるの?!」

「うん、反応が逆だ」


 やっぱり夕奈は普通じゃないなと思いつつ、「何か裏が……いや、ようやく夕奈ちゃんの魅力に気づいたのか?」なんて呟いている彼女にデコピンをして正気に戻らせる。


「はっ?! 私は今まで何を……」

「僕がメイドをしなくて済むようにするって」

「そんなこと言うわけないじゃん」

「……さすがにそこまでバカじゃないか」


 瑞希も買収されている今、もうここで諦めるしかないのか。そう希望を失いかけたその時、ふと頭を過った夕奈との約束。


「そう言えば、まだ貸し5つ残ってたよね?」

「っ……そ、それは……」


 ずっと拒否され続けて今まで続いている貸し関係、今こそその権利を行使すべき時なのだ。


「じゃあ、5つ全部使うからメイドを辞めさせるのと労働を無しにして」

「断る!」

「夕奈にその権利無いんだけど」

「だ、だって……もう無しに出来ないと言うか……」


 彼女は何やらモジモジとすると、ツンツンと両手の人差し指を付き合わせながら上目遣いでこちらを見る。


「唯斗君を連れ戻せなかったら、この前告白してきた男子とデートするって瑞希と約束しちゃったんだよ!」

「そんなの謝って取り消してもらえばいいじゃん」

「それが他の人に聞かれちゃって、クラス中がもう知っちゃったというか……」


 夕奈は切羽詰まった様子だが、唯斗からすれば自業自得でしかない。「諦めれば」と冷たく突き放すと、彼女は最後の手段とばかりに肩を掴んできた。


「唯斗君は私が誰かとデートしても妬かないの?」

「どこに僕が嫉妬する理由があるの」

「キスだってしたし!」

「あれは夕奈が勝手にしてきただけ」

「唯斗君だって嬉しかったくせに!」

「いや別に」


 あの時の彼は嬉しかったと言うより、驚き過ぎて何が起こったのかわからなかったのだ。

 まあ、例え準備時間を設けられていたとしても、相手が夕奈では嬉しいと思うわけはないだろうが。


「もういい! 唯斗君がそんなに言うなら、好きでもない男とデートしてやんよ!」

「うわ、酷い言われよう」

「誰のせいでこうなったと?!」

「それは夕奈のせいでしょ」

「……確かに」


 一瞬納得しかけた夕奈だが、ブンブンと首を横に振ると、わざとらしくドスドスと足音を立てながら出ていこうとする。

 しかし、その後ろ姿を見ていた唯斗は彼女を呼び止めると、自分でもよく分からないままこう聞いた。


「その人とデートするのは嫌なの?」

「嫌だよ、好きじゃないし」

「何が何でも断りたい?」

「できるなら」


 その返事を聞いた彼は何度か頷くと、重い腰をのんびりと上げる。

 そして夕奈の横を通ってスライド式の扉を開けると、廊下へと一歩歩み出て彼女の方を振り返った。


「そんなに嫌だって言うなら、仕方ないから助けてあげるよ」

「い、いいの?」

「言っとくけど夕奈のためじゃないからね。嫌々デートしてもらう相手が、後で傷つかないようにするためだから」

「……んふふ、そういうことにしといてやるか♪」


 心底嬉しそうに「ありがとね!」と微笑む彼女に、唯斗は目を合わせないまま「はいはい」とだけ答えた。

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