第151話 正義すら物の誘惑には勝てない
翌日の朝、学校に到着した
『メイド喫茶シフト表』と題の付けられたそれには、文化祭当日のシフトについて書かれているのだが、何故かメイドのところに自分の名前があったのである。
「
「え、そう?」
「だって僕がメイドになってるもん」
「それは間違いじゃないからだいじょうブイ♪」
そんなことを言いながらピースサインをして見せる彼女。ちょっと何言ってるか分からない状態だ。
他の男子は全員裏で飲み物や食べ物を用意する係になっていたのに、自分だけ表舞台に立たされるなんておかしい。
そして唯斗にとっては、何より夕奈と同じ時間のシフトにされていることが許せなかった。
「……どうして僕がメイドをしないといけないの?」
「それは唯斗君が『メイドやりたくない人』って聞いた時に手を挙げなかったからだよ」
「寝てたの知ってるよね?」
「エッ、ネテタノー?」
「演技下手過ぎ。瑞希に言って取り消してもらう」
「それは無理だと思うけど」
その言葉に彼が「どうして?」と聞くと、夕奈はにんまりと笑ってポケットから取り出した紙切れを見せつけてきた。
「ふふん、限定スイーツで買収したかんね」
「あの瑞希が買収された……?」
「予約がなかなか取れないやつだし、さすがの瑞希もこの誘惑に勝てなかったかなー♪」
さすがは限定スイーツ、あの強大な力を前にして正義を語ることも出来なくなるとは。
唯斗が夕奈の暴走を止めてくれる存在を失ったと絶望していると、そこへ風花が「何話してるの〜?」と入ってくる。
「風花、膝貸して」
「いいよ〜♪」
あっさりと許してくれた彼女の言葉に甘え、そのまま太ももに後頭部を預けて深いため息をこぼした。
「文化祭、休もうかな」
「そんなにイヤか!」
「夕奈と働くとか絶対無理」
「え、そっち?」
「メイド服も嫌だよ。でも夕奈の方が……」
「それ以上言ったら泣いてやるかんな!」
「夕奈の涙はもう見飽きた」
「鬼か?!」
唯斗が「人を女装させようとする方が鬼だと思うけど」と言うと、「唯斗君なら似合うよ、うへへぇ♪」と気持ち悪い笑い方をされる。
働くのが嫌だとかそれ以前に、身の危険を感じるから本当に仮病使おうかな。
「とにかく、僕はメイド服なんて絶対着ないから」
「いいものあげるって言っても?」
「……それは内容によるけど」
彼がものに釣られやすいことを知っている夕奈は、思惑通りに興味を示したのを見て頬を緩めた。
そしてノートの端をちぎった紙切れに何かを書き込むと、それを「大事にしてね」と言いながら手渡してくる。
「肩たたき券……って子供か」
「夕奈ちゃんに叩いてもらえるんだよ? 国宝級の肩たたき券だよ」
「なら夕奈のこと好きな人に売って来ようかな」
「ちょっと待てぃ!」
彼女は素早く肩たたき券を奪い取ると、消されないようにペンで『唯斗君専用』と付け足す。
それを見た唯斗は「価値がゼロになった」と呟いて、膝枕されたままくるりと背中を向けた。
「おだっち、動くとくすぐったいよ〜♪」
「あ、ごめん」
「んふふ、そのままじっとしててね〜」
母性をくすぐられ続けている風花は、微かに赤みを帯びた頬に手を当てながらご満悦。
夕奈は負けじと新たな紙切れを作り出し、次なる券を強引に握らせてくる。
「1回泊まれる券?」
「そう! 夕奈ちゃんの家に泊まれる券!」
「なんだただのゴミか」
そう言ってクシャクシャっと丸めてしまうと、彼女は「な、なんてことを……」と膝を着いてしまった。
自宅が吹き飛んだとかなら需要はあるけれど、我が家で危険な研究が行われたりしない限りはその心配もないからね。
「な、ならこれはどうだ!」
「もう要らないんだけど」
「絶対喜ぶから!」
そこまで言うなら見てあげないことも無い。唯斗は仕方なく渡された紙に書かれた文字を読み、その直後夕奈の顔を二度見した。
「本気で言ってるの?」
「や、やっぱり無かったことに……」
「ありがたく貰っておくね」
「ほんの出来心だったんです、許してください」
紙に何が書かれていたのかは、それぞれのご想像におまかせするとしようかな。
ただひとつ言えることとすれば、その内容を覗き見た風花ですら耳を赤くするほどの爆弾だったということだけだね。
「使うなら唯斗君自身で使ってよ?」
「……さすがにこれを他の人には渡せないかな」
「だ、だよね……」
その後、3人の間でしばらく気まずい空気が流れたことは言うまでもない。
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