第148話 恋は受け身じゃ進まない

「……どゆこと?」


 ランドセルをベッドへポイッと放り投げ、「おやつおやつ〜♪」と口ずさみながらリビングに入ってきた天音あまねは、ソファーの上を2度見して固まう。


「ち、小さい先輩がお兄ちゃんと寝てる?」


 まだそれが夕奈ゆうなであれば納得出来た。しかし、彼女が知っているこまるは常に無表情で、兄とは何の関係もなさそうだったはずなのだ。


「まさかモテていたとは……」


 自分は師匠とくっついて欲しいと思っているのに、兄の恋愛事情を把握出来ていなかった。

 それを悔やんだ天音は、今からでも状況を把握しようとこっそりカーテンの裏側へ隠れる。

 そして両手を叩いて大きな音を出すと、2人が起きたのを確認して息を潜めた。


「……おはよう、こまる」

「おはよ」


 目を擦りながら起き上がった唯斗と、目を開けながらも寝転んだままのこまる。

 まだ寝足りないのかと思っていると、彼女は両手を兄に向けて伸ばした。起こしてとおねだりしているのだ。


(ほ、本当に同一人物……?)


 にわかには信じられなかった。双子の妹だと言われたら、納得してしまうレベルで唯斗との接し方が違っているから。


「仕方ないなぁ。ほら、起きて」

「ん」


 支えられながら体を起こしたこまるは、眠そうに目をぱちぱちさせた後、ソファーから降りてキッチンへと向かう。

 そして2つのコップに水を注いでから、トコトコと戻ってきて片方を唯斗に渡した。


「ありがとう、ちょうど喉が渇いてたんだ」

「同じく」


 そんな短い返事を聞いて微笑んだ彼は、ピッタリとくっついて座った彼女の頭をよしよしと撫であげる。

 こまるは少し嬉しそうに首をすくめながら、水をごくごくと飲んで空になったコップを机に置いた。


(あの距離感……師匠よりも近い?! これはまずいよ、彼女の距離だよ……)


 カーテンの中で焦り始めた天音は、とりあえず夕奈に『お兄ちゃんが危ない』とメッセージを送る。

 いつ気付いてくれるかは分からないが、きっと何か行動は起こしてくれるはずだ。

 そう心の中で頷いて視線を2人の方へ戻した彼女は、驚きのあまり2度見してしまった。


「……こまる、これは?」



 小さい先輩が兄の手を握っていたのである。

 興味のない男の手を握る女は世間知らずか男好きのどっちかだと友達から聞いたことがある天音は、こまるの兄への気持ちを察した。


「だめ?」

「ダメじゃないけど、こまるらしくないなって」

「唯斗なら、できる」

「女子って友達と手を繋いでるイメージあるもんね」

「……ちがう」


 彼女は「そうじゃない」と首を横に振ると、コップを置いた唯斗にぎゅっと抱きついてくる。


「これも、できる」

「またまた意外だね」

「唯斗も、して?」

「うん、いいよ」


 彼もこまるの背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩いてあげた。

 こうしていると、天音が小さかった時のことを思い出しちゃうね。抱きしめるとすごく温かくて、幸せな気持ちになれるんだ。


「最後、アレして欲しい」

「アレ?」

「山でしたやつ」


 山でしたことと言うのは、おそらく『たかいたかい』のことだろう。やっぱり気に入ってくれてたんだね。

 唯斗は少し嬉しい気持ちになると、「もちろん」と答えて彼女の体を抱えた。そして。


「ほら、たかいたかい」

「……♪」


 まさか妹が隠れて見ているなんて思っていない彼は、こまるを上げたり下げたりを繰り返す。

 そしてそろそろ腕が限界だというところで、終わりにするために下ろそうとした。

 しかし、腕の中の彼女は何を思ったのか唯斗の肩を掴むと、強引に引き寄せて顔を近づける。


「……え?」


 状況を理解出来ないまま触れてきた唇に、彼は思わず戸惑ってしまった。

 確かにこまるは自ら力を入れてきていた。つまり、これは事故ではなく故意に行われたもので間違いない。

 けれど、どうして彼女がそんなことをしたのか、唯斗には理解ができなかった。


「こ、こまる……?」


 そんな混乱している彼を前にして、彼女は表情ひとつ変えないままスマホを取り出しす。

 そして『通話中』になっている画面をこちらへ見せると、マイクに向かってこう言ったのだ。


「夕奈、終わった」

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