第147話 集団でのピンポンダッシュは足が一番遅いヤツだけ捕まりがち

 学校が終わって帰宅してから約10分後、ソファーの上でうたた寝をしていた唯斗ゆいとはインターホンの音で目を覚ました。


「……またか」


 確認しなくても大方予想はついている。どうせ夕奈がまた邪魔をしに来たのだろう。

 彼は寝ぼけ眼を擦りながら玄関へ向かうと、心底不満そうな表情のまま扉を開いた。


「邪魔。今すぐ帰……って、あれ?」


 いつもならここに夕奈の顔があるはずなのだが、予想に反して彼女の姿は見当たらない。

 というより、そこには誰も居なかった。ドアの裏もしっかりと確認したけれど、居たのは小さなアリが一匹だけ。


「夕奈、そんな姿に変えられたんだね」


 積もりに積もった悪事がついに神によって裁かれたのか。これで今日から静かに暮らせる。

 そんな妄想を「ありえないか、アリだけに」という一言で片付けて、唯斗は再び家の中へと戻った。


「イタズラだったのかな、全く趣味が悪いよ」


 今時珍しくピンポンダッシュでもされたのかもしれない。犯人は年中タンクトップで暮らしている自称会社員のおじさんか、毎日ランドセルがパンパンな男子小学生辺りだろう。

 そのせいで起こされたと思うと、夕奈と同じくらいイラッとする。もはや夕奈のせいと言っても過言ではないけど、さすがに理不尽なので免罪にしてあげた。


「もう一回寝ようかな」

「毛布、いる?」

「気が利くね、使わせてもらうよ」


 差し出された毛布を広げてソファーの上へフワッと投げた後、ダイビング寝転びをして落ちてきた毛布が体を優しく包み込む。

 これぞ秘技スタイリッシュ睡眠……なんて思いつつまぶたを下ろしてから数十秒後。


「……ん?」


 違和感に気がついて体を起こした。天音あまねはまだ帰ってきていないし、ハハーンはママ友とオシャレなカフェに行くと置き手紙があった。

 つまり、この家には今自分以外誰もいないはず。なのに誰かと会話したような気がする。


「どした?」

「いや、誰かいるような気がして」

「おばけ?」

「その類じゃないと思うよ。それにすごく見覚えのある顔だったような……」

「怖い……」

「大丈夫だよ。だって、自分のことじゃん」


 ようやく分かった、違和感の正体。それは当たり前のように家に上がり込み、当たり前のように毛布に侵入して添い寝をしてきた人物。


「……こまる、いつの間に来てたの」

「さっき」

「もしかしてインターホン押した?」

「いえす」

「小さくて見えてなかったのかな……」

「今なんつった?」

「……ごめん。って、悪いのはこまるだよね?」


 見えていなかったのはこちらに非があるとしても、勝手に家に上がるのは不法侵入罪に問われかねない行為だ。

 それなのに謝らされるのはおかしい気がする。まあ、身長のことを刺激してしまったのは本当にごめんなさいだけども。


「迷惑?」

「そういう訳じゃないよ。でも、来るなら声掛けて欲しかったかな」

「困る?」

「友達と言っても一応お客さんだからね。お茶とか出さないといけないし」

「……ごめん」

「次から気をつけてくれたらそれでいいよ」


 唯斗はしゅんとしてしまう彼女の頭をポンポンと撫で、「りんごジュースでいい?」と聞きながら立ち上がる。

 しかし、こまるは彼の腕を掴んで引き止めると、「いらない」と首を横に振った。


「喉乾いてないの?」

「大丈夫」

「あ、何か用事があって来たんじゃない?」

「特には」

「無いのにわざわざ来たの?」

「だめ?」


 首を傾げる彼女に唯斗は「大丈夫」と答えてあげる。夕奈なんて理由もなく何度も来るし、こまるにだけ来るなとも言えなかった。まあ、彼女にはそんなこと言う必要も無いけどね。


「でも、用事もなしで2人だけって退屈じゃない?」

「平気」

「こまるがそう言うなら別にいいけど」

「……」コクコク


 相変わらずの真顔のまま何度か頷いたこまるは、こちらを見上げてソファーをポンポンと叩く。

 もう一度寝転べという意味だろうか。唯斗はそう予想して横になると、彼女もまた毛布をかけてくれてから引っ付いてきた。


「昼寝好きなの?」

「普通」

「それなのに寝れるの?」

「寝れなくても大丈夫」

「?」


 それならどうして彼女まで寝ようとするのかが分からないけれど、睡眠欲ゲージはそろそろ限界に達しようとしている。

 静かだから寄ってこられても居心地は悪くない。これなら放っておいても大丈夫だろう。

 唯斗は心の中でそう呟くと、追求することをやめて大人しく瞼を下ろした。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


 最高のまどろみ空間のおかげだろうか。気が付けば2人の呼吸ペースがピッタリと揃っていた。

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