第145話 慈悲とロマン

「くっそぉぉぉぉぉ!」


 しっかりズルを見破られてしまった夕奈ゆうなは、悔しそうにその場に座り込んで床をペチペチと叩く。

 唯斗ゆいとはその様子を清々しい気持ちで眺めていたが、あまりの本気の落ち込みように段々と気の毒に思えてきてしまった。


「……そうだ、ひとつ言っておかないと」


 決して得なんてしないとわかっていながらも、何故か慈悲を与えたくなってしまう。

 彼は既に夕奈によって毒されてしまったのだと諦観しつつ、結局また手を差し伸べてしまった。


「お店の雰囲気とか知りたいし、シュークリーム買いに行く時に僕もついて行くよ」

「……ふぇ?」

「一緒に行ってあげるって言ってるの」

「……マジすか?」


 信じられないと言わんばかりに目を丸くする夕奈。僕はその反応に少し照れのような感情を覚えつつ、「嫌なら行かないけど?」と言ってみる。


「ぜひ来てくだせぇ!」

「夕奈がそこまで言うなら」

「うへへ、ありがと♪」


 ここまで喜んでくれるなら、OKしがいもあったかな。そんな風に自分を納得させつつ、嬉しそうに握手をしてくる彼女。

 あまりに激しく手を振ってくるので、軽くあしらおうとしたその時、横から見ていた風花ふうかが肩を叩いてきた。


「勝負が終わったなら私もさっきのやりたいな〜」

「十円玉の場所当てゲームのこと?」

「そうそう〜♪」


 相変わらずゆるゆるな微笑みを浮かべながら、唯斗の差し出した十円玉を受け取る彼女。

 やったことがないのか、少しぎこちない動きで十円玉を親指にセットすると、夕奈の見よう見まねでパチンと弾く。


「おっとっと〜」


 コインの落下位置を右へ左へ移動しながら見定める風花は、落ちてきたコインをパシッと華麗にキャッチ―――――――――――出来なかった。


「ひゃんっ?!」


 するりと手の間を抜けた十円玉の落ちた先は床……ではなくユルユルな彼女の胸元。

 はだけた制服の隙間から胸の谷間にスポッと入り込んだ硬貨。その冷たさに体を跳ねさせた風花は、悩ましげな声を漏らしながらその場にへたり込んでしまう。


「あはは……失敗かな〜」


 苦笑いをしながら十円玉を取り出そうと制服に指を突っ込もうとした彼女だったが、何を思ったのか手を止めてこちらを見上げてきた。

 そしてやけに胸を強調しながら、にんまりと口元を緩めて聞いてくる。


「十円玉、どこでしょうか〜♪」


 なるほど、そう来たか。唯斗は心の中でそう呟くと、風花の胸元を指差しながら「そこ」と答えた。

 しかし、彼女はゆっくりと首を横に振って「ちゃんと言ってくれないと分からないよ〜」ととぼけてみせる。


「僕はそんな作戦で怯まないよ」

「ほう、なら答えは〜?」

「胸の間」

「じゃあ、自分の手で確かめてみてよ〜♪」


 そう言って立ち上がりながら胸をさらに強調してくる風花。唯斗は本人がそう言うならと、躊躇うことなく手を伸ばそうとするが―――――――――。


「……」ジー

「……」

「……」ジー

「……」


 夕奈がやたら鋭い目付きで睨んできているのに気がついてやっぱりやめた。

 彼女の目が言っているのだ。『私のは触らなかったくせに、風花のは触るのか』と。

 確かに勝負を終わらせるためとはいえ、こういう風に差を見せつけてしまうことはあまりいい事じゃないように思える。


「……うん、参りました」

「私の勝ち? やった〜♪」

「答えは簡単だったのにね」

「負けたおだっちは膝枕されるの刑ね〜」


 夕奈が視線で『それなら許す』と言っているのを確認してから、唯斗は「むしろご褒美だね」とその刑を了承した。

 少し彼女の顔色を伺いすぎているかもしれないが、下手なことをして騒がれても疲れるだけだからね。


「あ、おだっちにはこれもあげるね〜♪」


 風花はそう言いながら、谷間から取り出したばかりの十円玉を手渡してくる。

 唯斗はほんのりと熱を帯びたそれを両手で受け取ると、数秒間見つめてから財布の何も入っていないチャックの部分に入れておいた。


「一族の宝物にするよ」


 その一言を聞いて、夕奈が自分の胸に触れながら嘆いたことは言うまでもない。選ばれし者だけが出来る芸当だもんね。

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