第144話 名探偵唯斗

「では、真剣勝負と行こうじゃないの!」


 3連続負けている人だとは思えない意気込みの夕奈ゆうなを、「さっさと終わらせて」と急かす唯斗ゆいと

 その無表情に燃えたのか、彼女はより一層親指に力を込めると練習よりも早い速度で十円玉を回転させる。


「お、おっと!」


 気合いが空回りしたのか、夕奈は少し落下位置のズレた十円玉のために唯斗の立っている側に踏み出した。

 そして彼の鼻スレスレの位置でキャッチをすると同時に、相変わらずバンッと大きな足音を鳴らす。


「さあ、当ててみなされ!」


 その言葉と共に差し出される両手を、彼はマグロの仲卸業者のごとき目付きでじっと観察した。

 練習の時と違うのは、夕奈が一切拳を動かさないことだ。小手先のカモフラージュもせず、まさに真剣勝負をしようということかもしれない。


「って、夕奈に限ってそんなはずないよね」

「……な、なんのことかにゃ?」

「かわいこぶっても無駄。初めからバレてる」


 その言葉に夕奈の右脚がピクっと反応した。それを見た唯斗は自分の言葉に確信を得る。

 一回目こそ癖なのかもと気に留めなかったが、スポーツにおいて無駄のない動きしかしない彼女が、こんなお遊びにここまでおかしな癖を付けるはずがない。

 そういう疑いのフィルターをかけてみれば、この勝負におけるいくつかの違和感の延長線上に、ひとつの結論があるのが見えてきた。


「足、上げてみてよ」

「っ……」

「もしかして上げれないの?」

「で、できるし! ほら!」


 夕奈はそう言って左足を上げてみせる。しかし、唯斗が「そっちじゃないよね?」と目を細めると、ギクッと言わんばかりに表情を歪めた。


「ずっとおかしいと思ってたんだよ。無理に練習をさせるのも、十円玉をやけに高くあげるのも、大きな足音も」

「ちょ、ちょっと何言ってるか分からない……」

「じゃあ、みんなの前で全部説明してあげるよ」


 3度も練習をさせたのは、勝負の本番での足音に慣れさせるため。そしてその足音もまた、何かの音を消すためのカモフラージュ。


「何の音か。そう、十円玉が床に落ちる音だよ」


 そもそも、十円玉は夕奈の右手にも左手にも入っていない。何故ならそもそもキャッチされていないから。


「夕奈はキャッチしたように見せかけた十円玉を、足音で誤魔化しながら足で踏みつけた。違う?」

「ぐぬぬ……。そ、そんなことしても、落ちる十円玉を見れば掴んでないことなんてバレるじゃろ!」

「そうだね。それを理解してるからこそ、あんな行動を取ったんでしょ?」


 十円玉を高く上げたのは、その落下速度を早くするため。そうすれば、余程の動体視力の持ち主でなければ、手の間をすり抜けたことには気付かない。

 ただ、やはり足元まで視野に入っていれば、視界の端で茶色いものが垂直運動する様に違和感を持たれる。

 そこで夕奈の行動を振り返ってみよう。彼女は十円玉をキャッチする(フリをする)直前、唯斗のすぐ側まで近付いてきていた。

 そして鼻スレスレを手が掠めたことで、彼の視界の下半分は一瞬だけ遮られていたのである。


「それだけの時間があれば、十円玉が隠れるのには十分。よって十円玉はそこにある」

「ゆ、唯斗君のくせにぃ……」

「答えは右足を上げればハッキリするよ。早く終わらせてくれないかな」

「しゅ、シュレディンガーの猫作戦! 右足をあげない限り、唯斗の言ったことはあくまで仮説でしかないのさ!」


 してやったりとばかりのドヤ顔を向ける敗北者夕奈に、瑞希みずきが「いい加減に……」と諭しにかかった。

 しかし、唯斗はそれを止めると、夕奈の目を見つめながら落ち着いた口調で語りかける。


「なら、もう一つだけ単純な推理を教えてあげる」

「な、なに?」

「後で文句言われないように気をつけたんだろうね。夕奈は自分でヒントを与えていたんだよ」

「……」


 罠を仕込んだ本人だからこそ、彼女はこの不明瞭な言葉だけで全てを理解出来てしまった。

 夕奈はこの勝負中、絶対に言わなかった言葉がある。それは――――――――――。


「選択肢が3つあるんだもん。言えないよね、でしょうだなんて」

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