第143話 勝負のルールはギリギリを攻めるもの

「私がコインをキャッチするから、どこに入ったかを当てるんだよ?」

「わかった」


 念入りに説明をされた上で、夕奈ゆうなは右手の親指で弾いたコインを人差し指と中指で挟んで見せる。


「まあ、夕奈ちゃんはつよつよだかんね。3回だけ練習させてあげるよ」

「随分と余裕だね」

唯斗ゆいと君に負けるわけないし?」

「へぇ、そこまで言われると楽しみになるよ」


 彼女は「じゃあ、行くよ?」と確認を取ってから、再度親指にセットしたコインを高く飛ばした。

 天井スレスレで引き返したそれは、まっすぐに夕奈の目の前へと落ちてくる。

 彼女はコインをキャッチする際、バーンっとやけに大きな足音を立てた。そういう癖なのだろうか。


「……確かにわからなかったね」

「でしょー?」

「これは時間制限あるの?」

「無いよ。答えて外れてたら負けってだけ」

「それなら観察させてもらおうかな」


 十円玉は薄っぺらいが、何かを握っていると言うだけで手には僅かな変化が出るはずだ。

 例えば拳がほんの少し大きかったり、やけに力がこもっていたり、はたまた血管の色味が薄くなっていたり――――――――――――。


「右かな」

「ファイナルアンサー?」

「いいから早く開いて」

「少しくらいノッてくれても……」


 ブツブツと文句を言いながら開かれた手には、しっかりと十円玉が乗っていた。やはり観察という作戦はなかなか使えるかもしれないね。


「まあ、まだ練習やん?」

「練習を侮ると本番で転ぶよ」

「夕奈ちゃん、練習すると下手になるタイプだから」

「じゃあ、練習省いてもいいよ」

「いや、それはハンデだからね」


 頑なに練習スキップさせてくれない彼女を不思議に思いつつ、そう言うならと目を慣らすために2度目を開始する。


「ほい、どーこだ!」

「さっきもそうだったけど、大きな足音立てないとキャッチできないの?」

「これは……こっち方が上手く隠せるんだよ」

「そういうことなら勝負だし仕方ないけど、さすがにちょっとうるさいよ」

「あと2回の辛抱だよ」

「……やめる気はなしか」


 文句を言っても仕方ない。そう判断した唯斗は大人しく観察ターンに移行した。

 ただ、先程の敗北から学んだのか、推理材料のほとんどが偽装されているでは無いか。


「もっと強く握って」

「それは無理な相談だね。分かりづらくするのが私の作戦なんだもん」

「それもそうだね。なら、今回は別の手を使おうかな」


 唯斗はそう言うと、軽くグーにした手を夕奈の目の前で振る。そして、まるで焚きつけるかのように言った。


「夕奈が勝ったら何でもしてあげる」

「な、何でも?!」

「ほら、じゃんけん―――――――――ぽん!」


 突然の掛け声に、慌てて左手を差し出す彼女。人は焦るとチョキを出しづらいと聞いていたけど、まさか本当にパーを出してくれるとは。

 唯斗は心の中でそう呟きつつ満足げに頷くと、夕奈の右手を見ながら「十円玉はそっちだね」と言った。


「は、嵌められた……」

「さすが夕奈、単純で助かった」

「ぐぬぬ……ずるいよ!」

「でも、ルールで禁止されてないからね」

「なっ……屁理屈め……」


 今の敗北がよほど悔しかったのか、彼女は自主的に3回目の練習を開始すると、先の2回よりも大きな足音を立てながら十円玉をキャッチする。

 さすがに一度使った作戦を試す訳にも行かず、次はどうやって判別しようかと悩んだ彼は、「そうだ」と夕奈の手を引いて教室を出た。そして。


「ジュース買おうと思ったのに、10円足りないや」


 自動販売機の前で、財布の中を見ながらわざとらしくそう言って見せる。

 もちろんこれで手を開くほど夕奈も馬鹿ではない。「騙されないもんねー!」と舌まで出してくる始末。

 しかし、彼女は次の一言であっさりと十円玉を差し出すことになる。


「貸してくれたら一緒に飲もうと思ったのに」

「こちらが約束のブツです」

「はい、夕奈の負け」

「…………またやられたぁぁぁ?!」


 結局、3分の2で自分から答えを明かした上に、練習の全てで彼女が完全敗北のまま本番の勝負を始めることに。

 けれど油断は出来ない。自分の弱みをよく理解した夕奈に、大人気なくも新たなルールを強制的に作られてしまったから。


「本番は質問もジャンケンも別の話も禁止とする!」


 よっぽど勝ちたいんだろうね。教室へ戻る廊下の途中、唯斗はそんなことを思いながら鼻歌を歌っている彼女の横顔を見た。

 一体どこからそんな余裕が生まれるのか不思議だが、ポジティブは悪いことじゃない。まあ、この後落ち込んで面倒なことにならなければいいけど。

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