第142話 自作自演ヒーロー

 あれから結局、ピッキングは失敗した。ヘアピンが少し太すぎたのか、捻った時に奥の方で引っかかって抜けなくなってしまったのだ。


「……どうしよ」

「仕方ない、夕奈ゆうなちゃんがやってあげますよ」


 そんな危機を前に立ち上がった夕奈は、唯斗ゆいとを扉から離れさせると何やら準備運動を始めた。


「何するつもり?」

「見てれば分かる。失敗したらごめんね」


 アキレス腱を伸ばし終えた彼女は最後に肩を大きく回すと、2、3歩助走を取ってから南京錠を足裏で踏みつける。

 一度ではビクともしなかったが、3回目辺りで棒部分が歪み、6回目で本体がポロッと床に落ちてカタンという音を響かせた。


「……と、取れた」

「ふふん、どーよ!」

「いや、ドヤ顔されても……」


 まず第一に、百均と言えど金属で作られたものが人力で破壊出来ていいのだろうか。そして第二に、どうしてその手段をさっさと使わなかったのか。

 唯斗が後者について問いただすと、夕奈は「ヒーローは遅れてやってくる、ってね!」と胸を張って見せた。


「自分のした事は正しいと?」

「そりゃ、鍵を開けましたもの」

「自分でかけた鍵を自分で開けただけ。償いにしても足りないよね」

「それ言っちゃう? さっきまであんなに優しかったのになー?」

「……はぁ」


 この時、彼は確信した。夕奈に与える慈悲ほど無駄なものは無いと。だって恩を仇で返すとまでは言わなくても、恩を何とも思わないタイプの人間なのだから。


「もう二度と優しくしない」

「前にも同じようなこと言ってたよね」

「仏の顔も三度までだよ」

「もうとっくに超えてるっしょ!」

「分かってるなら反省して」


 唯斗は壊れた南京錠を回収して夕奈に手渡すと、彼女が受け取ると同時に手首を掴んで自分の方へと引き寄せた。

 そしてもう片方の手で頬を掴んで目を合わせさせると、いつもと変わらない表情と口調で言う。


「今回のはいつもとレベルが違うから。次、こういうことしたら、今度こそ嫌いになるからね」

「……ふぁい」


 これくらい脅しておけば、いくら鶏レベルの知能しか持ち合わせていない夕奈でも、しばらくは下手に過激な行動には出られないだろう。

 そう心の中で頷き、くるりと背中を向けて旧体育倉庫から出ていく唯斗。

 一人取り残された彼女はそんな彼の背中を見つめながら、手の中にある南京錠をギュッと握りしめた。


「まだ嫌われてないんだ、よかった……」


 この声を聞かなかった唯斗は知らない。夕奈の想いが、反省を促したはずの一言でより強くなってしまったということを。

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「さて、唯斗君。十円玉はどこにあるでしょう!」


 放課後にはいつもの調子に戻っていた夕奈。確かに彼女があの程度の説教でへこたれないのは、これまでの経験上分かりきってはいた。

 しかし、この回復の速さには頭を抱えざるを得ない。オート回復Lv.6のチップでも装備してるのかな。


「答える義務はないよね、それじゃ」

「つれないねぇ。指差すだけじゃん?」

「じゃあ、何も入ってないのはこっちかな」

「いや、夕奈ちゃんの頭には何も入って……って、遠回しな悪口か?!」

「よく気付けたね、えらいえらい」

「ば、バカにしおってぇ……」


 あまりの冷たさにカチンと来たのか、夕奈は右手に隠していた十円玉を見せると、「私と勝負して」とどこぞのトレーナーのように挑んできた。

 もちろん唯斗はすぐに逃げるコマンドを選択。しかし、観客瑞希に「勝負相手に背中を向けるなんて失礼だ」と言われて逃げ出せない。


「勝負の内容は十円玉の場所を当てるもの。私が勝ったら、唯斗君には私とデートしてもらいます!」

「命日が確定したのか……」

「ちょっと失礼過ぎない? まあ、唯斗君が勝てば回避出来るわけじゃん?」

「え、僕が勝ったら月に移住してくれるの?」

「いや、一生夕奈ちゃんを回避できるって意味じゃないから」

「……ちっ」

「そんな期待してたの?!」


 夕奈は「さすがに胸が……」なんて言いながらため息をつくので、「無いことなんて分かりきってるじゃん、何をいまさら」と言ったら普通に叩かれた。

 その大きさとずっと付き合っているはずなのに、まだ現実を受け入れられないんだね。


「とにかく参加してよ。唯斗君が勝ったら隣駅で売ってるシュークリーム奢ってあげるから」

「シュークリーム?」

「そう、美味しいって評判のやつ。外はクッキーみたいにサクサクしてて、中はトロトロなカスタードクリームなんだよ!」


 聞いているだけでお腹が鳴りそうになる。しかし、わざわざ隣駅まで電車で行くのも地味に手間だ。

 となるとこの勝負に勝った時の報酬は、その手間分も儲けることが出来るわけで――――――――。


「……よし、やろう」


 どうせ夕奈はいつでも強引に自分を連れ出す。この一回分のデート地獄を回避したところで、何度でも訪れるだろう。

 ならば、もはや負けを恐れる理由はなかった。要するに、唯斗はほぼ得しかない勝負に挑んだのである。

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