第141話 暗闇は事を大きく見せる

 閉じ込められてから1時間が経った。既に5時間目が始まっていて、きっと自分たちが居ないことに気付かれている頃だろう。

 そんなことを思いながら、唯斗ゆいとは何気なく扉に触れてみた。


「まあ、開くわけないか」


 鍵がかかっているのは内側からだから、助けを呼んだところで意味は無い。そう思って電話をしなかったけど、そろそろ頼った方がいいのかもしれない。

 この場所にいるということだけでも知っておいてもらえれば、何かの助けにはなるかもしれないからね。


「ちょっと瑞希みずきに電話してみる」

「今授業中だけど、出てくれるかな?」

「無理なら花音かのんにもかけてみるよ」


 ずっと手を握ってきている夕奈には、「電話の時だけは自由にして」と言って離れてもらい、RINEのトーク画面から瑞希に電話をかける。

 しばらく出ないから諦めようかと思ったが、切るボタンを押すギリギリのところで返事をしてくれた。


小田原おだわら、今どこにいるんだ?』

「夕奈に連れられて旧体育倉庫に閉じ込められてる」

『閉じ込め……って、犯人は誰だ!』

「夕奈だよ。持ってくる鍵を間違えて、開けられなくなったんだって」


 スピーカーからため息が聞こえてくる。瑞希もさすがに呆れているらしい。

 ただ、彼女は先生に事情を説明して説得し、授業を抜け出して手立てを考えると言ってくれた。


『南京錠はどこで買ったものなんだ?』

「えっと、百均で買ったと思う!」

『じゃあ、針金か何かで開けれるかもな。ヘアピン持ってないのか?』

「あるよ!」

『それを上手く使ってロックを解除するんだ』


 瑞希の言葉に「では頼んだ!」とスカートの腰周りに付けていたヘアピンを差し出してくる夕奈。

 唯斗が「ヘアピン使うんだ?」と聞くと、「最近前髪が伸びてきたからね。ナイス、私の前髪!」と親指を立ててきた。

 まあ、確かにおかげで脱出出来るかもしれないから、夕奈の髪の毛には感謝しないといけないね。本人は重罪だけど。


「……って、あれ?」

「どした?」


 鍵穴にヘアピンを差し込もうとして南京錠を引っ張った彼は、その違和感に首を傾げた。

 そしてスマホのライトで照らして見た瞬間、これまでの自分の行動を振り返って、思わずため息をこぼす。


「夕奈、鍵空いてる」

「……へ?」


 見てみれば、南京錠は引っかかっているだけで、U字になった部分が本体に差し込まれていなかった。

 つまり、2人は捻って引っこ抜けば出られる状態の鍵に、こんなにも手を焼いていたのである。


「てことは、私たちって……」

「閉じ込められてなかったんだ」

「もう出られるってこと?」

「南京錠を外せばね」

「2人っきりじゃなくなる?」

「ようやく自由の身になれるよ」

「……」


 しかし、夕奈は何を思ったのか唯斗を横へ押しのけると、今度こそ南京錠をカチッと掛けてしまった。

 これには唯斗も目を疑い、頬を膨らませている夕奈の肩を掴んで揺さぶる。


「ちょ、何やってるの?!」

「もう少し2人っきりがいい……みたいな」

「出られなかったらどうするつもり?」

「そうなったらそうなった時じゃん♪」

「夕奈はいつもそうやって面倒事を招く。いい加減にしないと本当に怒るよ」


 唯斗が声をワントーン低くして怒鳴ると、その本気度を感じ取ったのか彼女はふざけた表情をやめて首をすくめた。

 その姿を見た彼は自分が怖い顔をしていることに気が付き、深呼吸をして平然を取り戻すよう努力する。


「ごめん、ちょっと言い過ぎた」

「……ううん、全部私が悪いから。ごめんね」

「夕奈がそういう性格だって知ってたし。気を付けなかった僕も悪いよ」

「迷惑かけてるのは本当だから。いつもやりすぎちゃって……ごめんなさい」


 今回ばかりは本気の反省モードになっているらしかった。そんな彼女をさらに怒るほど、唯斗も鬼ではないつもりだ。

 彼は「出られたら連絡するね」と言ってからスマホをポケットへしまい、落ち込んでいる夕奈の後頭部を優しく撫でてあげる。


「出られたら怒ってあげるから、今はいつも通りでいて。その方が暗くならないで済むでしょ」

「……いいの?」

「夕奈はバカな方が安心するし」


 その言葉を聞いて「だ、誰がバカや!」と少しぎこちなく言い返した彼女に、唯斗は目元を指で拭ってあげながら微笑んで見せた。


「うん、その調子だよ」

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