第139話 密室で一番大切なもの
「と、とにかく
「貸し5つ全部使って頼んでも?」
「6つなら考えたんだけどなー!」
「ケーキ奢ってあげたよね、あの分は?」
「後から言うなんて男らしくないゾ♪」
「監禁するなんてまともな人間らしくないね。あ、そもそもまともな人間が国語で4点なんて取らないか」
「……一言余計だね?」
唯斗の言葉にこめかみをピクッと動かした
どうやらわざと口にした煽りが効いたらしい。おかげで鍵を奪うために接近が出来そうだ。
「そこに寝転んで」
「石の床は冷たいから嫌だよ」
「まだ立場が分かってないのかな?」
彼女は強引に唯斗を寝転ばすと、その上に跨るようにして自分より大きな体を押さえつける。
上から垂直にかけられる体重は、非力な彼に押し退けることは不可能。これでは鍵を取るどころか抵抗もまともに出来なかった。
「何するつもり?」
「唯斗君がして欲しいことだよ」
「え、鍵開けてくれるの?」
「少しはシチュエーションを楽しめやおら」
返事が気に入らなかったのか、脇腹を膝でぐりぐりとやってくる夕奈。血行が良くなっているようないないような気もするけど、地味に痛いからやめて欲しい。
「冗談だよ、何されるか分かってるし」
「その割に平然としてるね」
「心の準備が出来たからさ」
「そ、それってつまり……?」
「夕奈の好きにしていいよ」
そう言って全身の力を抜いて見せると、彼女の目が明らかに泳いだ。予想していた筋書きでは、こうなるはずではなかったのだろう。
「本当にいいの?」
「夕奈が引っ付いてくるから、僕も我慢できなくなったんだ。責任取ってよ」
「せ、責任……」
余程この二文字が嫌いなのか、しばらく俯いて悩む夕奈。彼女は心を決めたように顔を上げると、「わかった」と頷いて見せた。
「じゃあ……キスしちゃうね?」
微かに震える声でそう聞き、ゆっくりと体を倒してくる夕奈。その表情は固く、普段ふざけている時とは全く違っていた。
「……」
「……」
彼女の顔が近付くに連れて、吐息の音がはっきりと聞こえるようになってくる。
その間はお互いに何も言えないものの、唯斗は焦らずにゆっくりと機会を伺った。
そしてぷるんとした唇がほんの数cmほどに迫ったところで、ここぞとばかりに胸ポケットへ手を伸ばし―――――――――同時に眉を八の字にする。
「鍵に指が届かない」
「あ、ちょっ、どこ触ってるの?!」
「鍵の隠し場所、ここなんでしょ」
「待って、それよりも気にするところが……」
胸ポケットの中をゴソゴソと漁られ、体をビクッとさせる夕奈。
それでも唯斗はお構い無しに指先を動かし続け、ようやく奥の方にあった鍵を抜き取ることに成功。
ただ、彼女がゴロンと転げ落ちたのを見て、彼はようやく自分のしてしまったことの大変さを理解した。
「夕奈、ごめん」
「私にこの部屋はまだ早かったみたいだね」
「……え?」
「胸に触れられたくらいで動揺してたら、その先なんて出来るわけない。気付かせてくれてありがと」
「夕奈……」
夕奈はどこか吹っ切れたような表情でそう言ってのけると、唯斗の手から鍵を受け取って扉の方へと歩き出す。
そして「頭冷やしたいから先に帰ってるね」と軽く手を振ってから、倉庫自体の扉に近付いて南京錠の鍵を開け――――――――――――。
「あれ?」
―――――――――――――――れなかった。
何事かと足早に様子を見に向かってみれば、先程の鍵を片手に扉の前で立ち尽くしている彼女の姿が見える。
「どうかしたの?」
「あ、いや、その……」
「ん?」
僕は困ったように苦笑いをした夕奈の次の一言によって、もう二度と倉庫と名のつく場所には立ち入らないようにしようと心に誓うのであった。
「……鍵、間違えて別の持ってきちゃったよ」
僕たちは倉庫に呪われているのかもしれないね。まあ、なんにせよ「てへっ♪」なんて言って誤魔化そうとしている彼女には、痛いお仕置が必要らしい。
「奥の部屋に戻ろっか」
「私に何させるつもりなのさ!」
「夕奈がしたいこと」
「まさかイチャイ―――――――」
「いや、土下座だよ」
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