第138話 強引な気持ちも時には必要

「ここが言ってた場所?」

「静かでしょ?」

「……まあ、そうだね」


 唯斗ゆいとが連れてこられた場所、それは既に使われていない旧体育倉庫だった。

 中に何も入っていないため鍵もかかっておらず、そろそろ撤去する頃だと教師が話しているのを聞いたことがあるほど、見た目はボロボロになっている。


「でも、倉庫には嫌な記憶があるんだけど」

「冷凍じゃないから大丈夫っしょ!」

「死にかけといてよくポジティブでいられるね」

「いやぁ、それほどでもありますけど♪」

「馬鹿にされてるって気付かないものなのかな」


 唯斗はヘラヘラしている夕奈ゆうなに呆れつつ、『まあ、おかげで助かった部分もあるか』と心の中で頷いてから倉庫に歩み寄る。


「入る?」

「ここまで来たからには、そうするしかないよ」


 彼がそう言って扉を開くと、意外にもいい香りが漂ってきた。シー〇リーズかファ〇リーズだかは分からないが、放置されていた環境では無いらしい。

 おまけに内装もそこまでボロボロではなく、壁には誰かが応急処置をしたような跡も残っていた。


「ここ、誰か来たことあるみたいだね」

「話を聞いた友達も来たことあったみたい」

「こんなところに来るなんて変わり者かな」

「ブーメラン刺さってるよ?」

「僕たちが変わってるのは承知の上でしょ」

「……あれ、私も含まれてる?」

「夕奈が変わってなかったら、世界中の人が普通になっちゃうよ」


 その言葉をどう捉えたらそうなるのか、「夕奈ちゃんは普通より上だかんね」なんて言いながら決めポーズをして見せてくる。

 やっぱり普通じゃないね。本人が幸せそうだから、もう何も言わないけど。


「ところで、その友達は何をしにここに来たの? 明かりも寝る場所も無いみたいだけど」

「奥の部屋をよく見ればわかるよ」

「奥?」


 目を凝らしてみると、確かに扉があるのがわかった。唯斗は疑うことなくその部屋に入り、スマホのライトを頼りに見回してみる。


「夕奈、何も無いけど」

「……」

「夕奈?」


 返事がないことを不思議に思っていると、倉庫の扉が閉まる音が聞こえてきた。

 急いで様子を見に行くと、何故か彼女が内側から南京錠をかけているではないか。


「何やってるの」

「ふふふ、唯斗君は罠にハマったのだよ!」

「罠って?」

「ここはのんびりできる場所じゃないってこと」

「僕を騙したんだ?」

「騙される方が悪い!」

「自己正当化の鬼だね」


 唯斗は表情ひとつ変えずに夕奈に近付くと、あくまで穏便に解決しようと右手を差し出す。

 そして「鍵、出して」と言うと、夕奈はブンブンと首を横に振って拒否した。


「私がなんのために騙したのか、分からないの?」

「そもそも夕奈の思考を読めたことがない」

「私が賢すぎるからか!」

「……」

「久しぶりに無視したね?!」


 彼女は「そんな態度でいいのかな? 出られなくなるけど」とニヤニヤする。確かに現状は言う通りにしておいた方がいいのかもしれない。

 そう考えた唯斗は、身を乗り出すようにして顔を近づけた後、元の体勢に戻してから「わかった」と頷いた。


「な、何今の……」

「何でもないよ、気にしないで」


 そう言って誤魔化しつつ、彼は数秒前の夕奈の行動を思い返す。近付いた一瞬、彼女は左胸ポケットを反射的に押さえていた。

 それはつまり、あそこに大事なものが入っているという可能性が高いことを表している。


「何はともあれ唯斗君は言いなりになるしかないわけですよ。そしてこの場所、何故かいい匂いがするよね?」

「それは僕も気になってた」

「こんな人も来ないような場所で、わざわざいい匂いをさせる理由って何かわかる?」


 得意げな表情の彼女が体を揺らす度、胸ポケットもゆらゆらと揺れる。唯斗は油断した瞬間に鍵を奪おうと、密かに機会を伺っていた。


「答えはね、臭い消しだよ!」

「ここで魚でも焼いたの?」

「違うけど?! なんでそうなるかなぁ……」

「じゃあ、なんの臭い?」

「そ、それは……えっと……」


 僕だってそういう知識はあるからもう答えを察してたけど、困ってる姿がなかなか面白かったからね。

 出来れば動画に残しておきたかったけど、心のフィルムに保存するだけに留めておいた。

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