第134話 丑三つ時の狡猾者

夕奈ゆうな、布団を……あれ?」


 風呂から上がって部屋に戻ると、夕奈は既にベッドの上で寝息を立てていた。

 せめて別の布団で寝させようと思っていたのだが、今さら起こすのも忍びない気がしてやめておく。


「電気消すね」


 一応そう声をかけてから部屋を暗くし、彼女の横に寝転ぼうとした時、ふと天音あまねの言葉を思い出した。


『師匠は何か行動を起こすに決まってる』


 そう、夕奈は今晩何かをするはずなのだ。脇腹やら頬やらをツンツンとしてみた感じ、今は本当に眠っているらしいがいずれ動き出すだろう。

 唯斗ゆいとは警戒を怠るまいとばかりに、布団の中でうっすらと目を開けながら監視をすることにした。


「すぅ……すぅ……」

「……」


 横になってから10分、15分、30分と時間が過ぎたが、何も起こりそうな気配はしない。

 彼は何度も寝落ちそうになりながらも何とか意識を保っていたが、夕奈の方は相変わらず寝息を立てているだけだ。

 天音の言っていたことは単なる勘違いで、夕奈は単にお泊まりがしたかっただけかもしれない。彼がそう思い始めたちょうどその時だった。


「……ふわぁ」


 それまで完全に夢の中にいたはずの彼女が、突然あくびをしながら起き上がる。

 驚いて声が漏れそうになるのを何とか堪える彼をしばらく見つめていた夕奈は、異変はないと判断したのかあえて音を立てないようにしてベッドから降りた。


「……」


 こんな時間だからトイレにでも行くのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼女は迷いのない動きで机の横まで移動すると、何故か唯斗のカバンを漁り始めたのだ。


「……あった」


 心の声が微かに夕奈の口から漏れる。暗くてよく見えないが、あの中に入っていたものと考えると教科書か何かだろう。

 彼女は次にベッドの横に置いていた自分のカバンからも何かを取り出すと、それらを抱えて部屋から出ていってしまった。


「何を持って行ったんだろ」


 戻ってくる気配がないのを確認してから、電気をつけてカバンの中身を確認してみる。

 すると、確かに入れて置いたはずのものが無くなっているではないか。


「夕奈の目的は一緒に寝ることじゃなかったんだ」


 彼女の真の目的、それは唯斗の財布の中身を盗むことでも、下着を漁ることでもない。明後日に持っていかなくてはならないアレを見ることだったのだ。


「悪い子にはお仕置きが必要だね」


 唯斗はそんな独り言を呟くと、そっとぼっちの特殊能力『存在感を消す』を発動しながら部屋を出たのであった。

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「ふぅ、やっぱり宿題は写すに限るぜー♪」


 真夜中のリビング。夕奈は唯斗のカバンから抜き取ってきた課題ノートを見ながら、それをそっくりそのまま自分のものへと写していた。

 彼女の目的は初めからこれをすることで、唯斗が風呂に入っている間にもある程度まで進めてある。

 あとはこの最後のページを写すだけで、自分は清々しい気分で始業式の日を迎えられる。既にそんな段階まで来ていたのだが……。


「ねえ、何してるの?」

「ひっ?! ゆ、ゆゆゆ唯斗きゅん?!」

「焦りすぎだよ」


 ついに犯行現場が見つかってしまった。どうやら自分のした事はバレているらしく、今さら誤魔化したところで手遅れなのは明らか。

 そう考えた夕奈はプライドを生贄に必殺『土下座』を繰り出した。額をしっかりと床につけ、「許してください!」と謝罪の言葉も添える。

 ここまで誠意を見せれば、心優しい少年唯斗君ならばお慈悲を与えてくれるはず。彼女はそう信じて疑わなかった。


「夕奈、そんなに切羽詰ってたんだね」

「ごめんなさい……やるの忘れてて、もうこれしかないと思って……」

「相談してくれればよかったのに」

「そうだよね、私どうかしてたよ……」


 俯いて目元を押さえる。こうしていれば、勝手に泣いていると勘違いして気を遣ってくれる。

 女の涙に弱い彼なら、きっと喜んで自ら宿題を見せてくる……そういう作戦なのだ。


「夕奈、いいことを教えてあげる」

「いいこと?」

「そう。このノート実はね―――――――――」


 しかし、次の彼の行動を見た夕奈は言葉を失うことになる。なぜなら、自分がついさっきまで写していたノートが目の前でビリビリに破かれてしまったから。


「――――――――――ダミーなんだよ」

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