第135話 優しさは意地悪と紙一重
「だ、ダミー?」
しかし、何がどう偽物なのか彼女の頭ではすぐに理解できなかった。
「長い休みで暇な時間が多かったからね。どうせ夕奈が見せてって言うと思ってたから、全部デタラメな答えのノートを作っておいたんだ」
「つ、つまり、初めから手のひらの上で……」
「おかげで準備が無駄にならずに済んだ」
「くそぉぉぉぉ!」
夕奈は崩れ落ちるようにその場へしゃがみこむと、握った拳を床に叩きつけた。
努力とすら呼べない労力が無駄になったのだ。当然の報いながらも、その悔しさは計り知れないだろう。
「まあ、夕奈なら全部間違えてても疑われないかな」
「バカにしないで! 自力でも解けるし!」
「説得力無いね」
「ぐぬぬ……」
見事なまでに罠に嵌められた彼女は、しばらくの間恨めしそうに唯斗を見つめていた。
しかし、日付は既に変わっている。夏休み最終日になっているのだ。今からでも必死にやらなければ、明日の始業式までに間に合わないだろう。
「……悪いことしようとした私が悪いんだもんね」
「夕奈、ようやく反省してくれた?」
「道を正してくれてありがとう、寝ずに頑張るよ」
そう言って微笑みながら机に戻る彼女。唯斗はその背中をしばらく眺めてから、ようやく寝れると部屋に戻ろうとしたが―――――――――。
「……」
やっぱりやめて夕奈の隣のイスに腰を下ろした。
「ど、どうしたの?」
「ノートを見せるのは、夕奈が楽するのが気に入らないから嫌だよ」
「それは反省したよ……」
「でも、人に勉強を教えてあげるのは、自分のためにもなるってよく言うよね」
「……どういうこと?」
予想外すぎる展開に状況が飲み込めていない彼女は、唯斗がピンと立てた人差し指を見つめて首を傾げる。
「駅前のケーキ屋さんが新商品を出したらしいんだけど。あれ1つで朝まで雇われてあげる」
「そ、それってつまり……?」
「付きっきりで教えてあげるってこと」
夕奈はその言葉で瞳に輝きを取り戻した。一人では無理でも、彼がいればなんとかなる気がしたから……ではなく、単純にその優しさが嬉しかったから。
「そんなこと言って、本当は夕奈ちゃんと一緒にいたいんでしょー?」
「手助けはいらない、お前は早く寝ろって?」
「言ってないですお願いします」
「毎度あり」
これにて契約は成立と頷いた唯斗。夕奈は彼が引っ込めようとする手を掴むと、強引に中指を引っ張り出した。
「特別に2個にしてあげるよ」
「いいの?」
「その代わり、途中で見捨てたりしないでね」
「そこは安心して、ケーキ代分はしっかり働くから」
「ならよかった♪」
それほど課題が間に合うのが嬉しいのか、夕奈は満面の笑みを見せてくる。影ひとつ無い純粋な微笑みは、不思議と隣にいて安心する気がした。
信用してもいいのかもしれない、なんて思ってしまう自分がいるのを自覚してしまったのだ。
「足りなくなったら体で払っちゃおっかなー♪」
「まだ若いから臓器も高く売れるだろうね」
「そういう意味じゃないんだけど?!」
「冗談だよ、そんなことするわけないでしょ」
「だ、だよね……唯斗君優しいもんね!」
「夕奈は体力があるから、しっかり
「……なんか酷くない?」
彼が「料理も洗濯もさせよう」と頷いていると、「結婚したら全部してあげるよ?」なんて言ってくるので、「残念だけど財産は無いよ」と返したら思いっきり叩かれた。
「私は純粋な気持ちで唯斗君のことを……」
「30歳までお互い独身だったら考えてあげる」
「それ、結局してくれないやつだよね?!」
大抵は言った側が結婚するか、独身同士でも距離感がわからずにあやふやになってしまう例のやつである。
要はその気もないけどキープされている、とても都合のいい相手ということだ。もちろん唯斗にその気は無いのだが。
「まあ、する必要なんてないと思うけどね」
「唯斗君はもっといい人がいるってか?!」
「逆だよ、僕に夕奈は勿体ないから」
「……もう、謙遜しないでよー♪」
その言葉に照れたのか、「お、お花詰んでくるね!」とリビングから出ていこうとした彼女の耳に、唯斗が呟いた真実は届かなかったらしい。
「おしゃべりなバカがタイプな物好きも、この世界のどこかにはいるだろうからね」
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