第132話 取り引き上手は世渡り上手
晩御飯にチ〇ール……ではなく、ハハーンが見栄を張って注文したお高めのお寿司を振る舞われた
「あら、ごめんなさいね?」
「いえいえ、お義母さん。これくらい当然です」
「お義母さんだなんて。おばさんでいいのよ?」
「お義母さんならまだお姉さんでも通用しますよ」
「相変わらず口が上手いんだから〜♪」
楽しそうに笑う大魔王と悪魔。少し離れた場所からその様子を眺めていた
その訪れるかもしれない過酷な現実から、ほんの少しだけでも目を背けていたかったのだ。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
布団にくるまろうかとベッドへ寝転んだところに、天音がどこかよそよそしい雰囲気を抱えてやってくる。
唯斗は上半身だけを起こして彼女を見ると、「おいで」と手招きして自分の横まで来させた。
「あのね、お兄ちゃん」
「なに?」
「ああ見えてお母さん、師匠が泊まること心配してるんだよ」
「なんの心配をする必要があるの?」
「それは……妹の口から言わせることじゃない」
答えを言ってくれないと伝わらないというのに、その肝心な部分を濁されてしまってはどうしようもない。
ただ、天音の反応と状況から推測してみれば、答えに至るまでそう時間はかからなかった。
「もしかして僕と夕奈に何か起こるとでも思ってるの? ありえないから安心して」
「お兄ちゃんにその気はなくても師匠にはあるよ」
「もしそうだとしても、僕はちゃんとハグまでだって伝えたから、それ以上を求めては来ないはず」
「……どうしてそんなに脳天気なのかな」
天音は深いため息をつくと、ポケットから何かを取り出してこちらへ放ってくる。それをキャッチして確認してみると、どうやら何かの鍵らしい。
「それ、師匠の家の鍵だよ」
「家の? 忘れたって言ってたけど……」
「それ自体嘘だったってこと。これがどういう意味がわかる?」
「……?」
「頭の悪い師匠が計画的に泊まる口実を作ったんだよ、何か行動を起こすに決まってる」
天音の言葉に確かにと頷いた僕は、「覚悟を決めておいた方がいいよ」と呟いてくるりと背中を向ける彼女を呆然と眺める。
「カバンを勝手に漁ったことは内緒にしてね」
「うん、わかった」
「……お母さんと私を悲しませるようなことはしないでね、お兄ちゃん」
最後に残されたその言葉は、危険さなんて意識していなかったはずの唯斗の中でやけに重く響いた。
これまで一緒に寝ることは何度かあったし、大丈夫だろうと思い込んでいたけど、確かに警戒しておいた方がいいのかもしれない。
「……って、そもそもどうして同じ部屋で寝る前提で話してるんだろ」
よく考えてみれば、夕奈が天音と一緒に寝るのでも、泊めるという約束は達成されるはずだ。
それなら変に頭を悩ませる必要も無いし、家族に心配をかけることも無くなる。
「そうだよ、夕奈には別の場所で寝てもらおう」
「ええ、それは酷いと思うなー?」
「……いつの間にそこにいたの」
「ちょっと前からかな」
気付かないうちに部屋へ入ってきていた夕奈は、何食わぬ顔で部屋のクローゼットを漁りながら答えた。
「唯斗君、一緒にお風呂入ろっか」
「話聞いてたなら分かるでしょ。そういうことは絶対にしないから」
「夕奈ちゃんが魅力的すぎて、さすがの唯斗君も我慢の限界って感じ?」
「そういうわけじゃないけど、お互い気まずくなりたくないだろうから」
唯斗の言葉に「ふーん」と曖昧な反応をした彼女は、「じゃあ、お風呂は諦めてあげる」と偉そうに言ってのける。
これが昼頃まで忠実な犬を演じていたと言うのだから、人というのはいくらでも自分を偽ることが出来る恐ろしい生き物なんだと実感しちゃうね。
「その代わり、部屋は同じにして」
「イヤだって言ってもどっちかは強引にするんだよね」
「さすが、夕奈ちゃんのことがよく分かっておるな」
「……わかった、部屋は同じでいいよ」
「よっしゃ!」
グッとガッツポーズをした彼女は、そのウキウキ気分のまま弾むような足取りで部屋から出ていく。早速お風呂に入りに行くらしい。
唯斗はその背中を見送ってから短くため息をつくと、ベッドに横になってふと少し前のことを思い出した。
「……そう言えば、クローゼットから何か持っていかれてたような気がする」
その瞬間、彼の胸に不安の色が染み渡ったことは言うまでもない。
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