第131話 いい子ちゃんは続かない

「もう犬はやめだやめ!」


 あれから1時間ほど従順な犬を演じてくれていた夕奈ゆうなだが、ついに飽きが来てしまったらしい。

 彼女は犬耳を外して机の上に置くと、ひとしきり部屋の中をゴロゴロと転がり回った後、ベッドに腰掛ける唯斗の傍まで寄って来た。

 そして夕奈は何を思ったのか自分の唇に指を押し当てると、それを彼の唇に触れさせて首を傾げる。


「これって間接キスだよね?」

「いや、当たり前みたいにやらないでくれるかな」

「じゃあさ、これは?」


 彼の言葉には反応しないまま自分の胸に手を添えた彼女は、今度はそれを唯斗の右手にそっと重ねた。


「これは間接おっぱいになるの?」

「何そのワード」

「キスという行為に間接を付けるなら、これは間接乳揉みになるのか……?」

「真剣さと内容がミスマッチだよ」

「ああ、夕奈ちゃんこの悩みのせいで夜しか眠れないかもしれない!」

「それで十分だよ」

「誰が言うとんねん」


 ピシッとツッコまれて、よく考えてみれば自分は夜だけじゃ足りないなと思い直し、「普通の人は夜だけで足りる」と言い直しておく。


「ていうか、いきなりどうしたの」

「いやぁ、聞いてくれる?」

「聞きたくないかな」

「なら聞いてくんなし」


 ぷいっと顔を背けて不機嫌になる夕奈に、唯斗はようやく静かになったとくつろぎ始めた。

 しかし、彼女がずっとひとりで『間接乳揉み』の予行演習(妄想)をしているのに心が折れて、仕方なく聞いてあげることに。


「何があったの」

「それがね、びっくりしたんだよ」

「一体何に?」

「オタマジャクシってみんなカエルになるわけじゃないんだね」

「いや、さっきのくだり関係ないじゃん」

「あれはやってみたかっただけよ、好奇心旺盛ハツラツガールで困っちゃうなー!」

「その好奇心の赴くまま、熱湯風呂に飛び込んでくれればいいのに」

「唯斗君、今なんて言ったのかな?」

「熱々の砂風呂に頭から埋まればいいのになって」

「辛さがグレードアップしてない?!」


 唯斗が「気のせいだよ」と言うと夕奈は一瞬騙されそうになるが、「それでも酷いのは変わんないかんな?」と詰め寄ってくる。


「近い、お座り」

「もう夕奈犬じゃないもんねーだ!」

「じゃあ泊めてあげられないね」

「……仕方ない。座ればいいんでしょ、座れば」


 彼女はやれやれと首を横に振りつつ、すとんと腰を下ろした。ベッドの縁……に座っている唯斗の膝の上に。


「僕はイスじゃないんだけど?」

「座れって言ったのは唯斗君だもん」

「膝の上に座れなんて言ってない」

「そもそも場所が指定されてませーん♪」


 夕奈のようなタイプは悪い方向ばかりに頭が回る。唯斗が「屁理屈ばっかり」と呟くと、彼女は「間違ったことは言ってないし?」とにやりと笑った。


「……はぁ」

「観念したかい、ご主人!」

「はいはい、僕の負けだよ」

「よしっ!」


 ガッツポーズして喜ぶ彼女をそっと横に退け、唯斗は財布片手に部屋から出ようとする。

 そんな彼の背中に向かって、夕奈は不思議そうに首を傾げた。


「どこ行くの?」

「僕に勝てたご褒美を買ってこようと思ってね」

「ご褒美?」


 その質問に対する次の唯斗の一言を聞いた彼女は、慌ててその外出を阻止することになる。

 なぜなら、それがご褒美とは名ばかりの罰だったからだ。


「晩御飯、チュ〇ルにしてあげるよ」

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