第130話 飼われる側の主張

「あのぉ……唯斗ゆいと君?」

「なに」

「確かに『言われたことは絶対』って約束したよ? でも、これは違うんじゃないかなー?」


 どこか顔色を伺うような口調でそう言う夕奈ゆうなは、現在床の上で四つん這いになっている。

 これは唯斗がいかがわしいことをしているとかではなく、あくまでも泊めてもらっている身として頭を低くしろという意味なのだ。


「夕奈には遠慮を覚えてもらいたいからね」

「でも、ハイハイで動くの結構腰に来るんだよ?」

「嫌ならやめてもいいよ、泊めないけど」

「……畜生め」


 こんな様子をハハーンが見たら、『女の子に何させてるのよ!』と怒られるところだろうが、今日は出かけているため夜までその心配はない。

 一応夕奈を泊めるという許可はもらっているし、何かしらやらかさない限りはなんの問題もないだろう。


「腰を痛めたら将来赤ちゃん出来た時に困るなー!」

「その予定でもあるの?」

「と、特にないけど」

「今の時代、子供を産むことだけが幸せじゃないよ」

「っ……確かに……」


 一度は言いくるめられそうになった夕奈だが、ブンブンと首を横に振って正気を取り戻すと、「でも、好きな人と結ばれるのは幸せじゃん!」と床を叩いた。


「好きな人と結ばれれば、ね」

「なにさ、その意味深な言い方は」

「別に」


 不満そうな顔を向けてくる彼女をスルーしているところへ、天音あまねが頼んでいたものを持ってきてくれる。

 唯斗はお礼を言ってからそれを受け取り、すぐさま夕奈の頭に装着させた。


「こ、これは?」

「犬耳カチューシャだよ。天音が師匠と同じのがいいってお揃いで買ってたんだ」

「お、お揃い……やて?」


 弟子の気持ちに胸を押さえた彼女は、嫌そうな顔を嬉しそうな顔に変えて犬耳のふわふわ感を撫でて確かめてみる。

 安すぎも高すぎもしない価格設定なだけあって、そこそこの品質は保証されてるみたいだね。


「いいね、夕奈犬」

「なっ……あたしゃ人間じゃ!」

「お手」

「わん! ……って誰がやるか!」

「やってくれたじゃん」


 失いかけた人間的な部分を取り戻しつつも既に手遅れな彼女は、唯斗の「飼い主は僕だから、言うことちゃんと聞いて」という言葉に反抗する。

 しかし、セットで買っていたチョーカーを首輪に見立てて付け、軽く首をこちょこちょとしてあげると、「わんわんっ!」とあっさりヒトを捨てた。


「師匠可愛い!」

「わん♪」

「お手!」

「わんっ」

「お座り!」

「わんわんっ」

「おまわり!」

「最近この辺りで盗難事件が多発しておりまして、近隣住民の方の目撃情報を―――――――――」

「そのおまわりじゃないよ!」


 的確なツッコミを入れられるも、そこはかとなくドヤ感を滲ませた顔をしている夕奈に「伏せ」と命令をして静かにさせる。

 本人もそこそこ乗り気みたいだし、これで一日従順でいてくれると言うのならそこそこ可愛げがある客人かもしれないね。


「夕奈犬、おいで。おやつの時間だよ」

「チュ〇ル? チ〇ールだよね!」

「いや、普通のポテチだけど」

「ペットの健康は飼い主が考えるもんやろ!」

「その自覚はあるんだね」

「あたぼーよ!」


 夕奈は「だからチュ〇ルくれる?」と言いながら脚に擦り寄ってくるが、ペットを飼っていないこの家にそんなものがあるはずもない。

 そもそも人間に食べさせて大丈夫なものなのだろうか。よく知らないが故にそこすら心配だ。


「唯斗君のペットだよ? 何してもいいんだよ? その代償にチ〇ールくらい……」

「あ、シュークリームがあったんだ。食べる?」

「食べる!」


 あっさりとペットの食べ物を捨ててカロリーに走った夕奈。唯斗はそんな彼女の首を優しく撫でてあげてから、ミニシューの入った袋を持って戻ってくる。


「夕奈、3回まわってわん」

「はっはっはっ……わん!」

「よく出来たね、ご褒美のミニシュー」

「……うめぇ!」


 その後、唯斗は約30分言いなりになってくれる夕奈への餌付けを楽しみ、彼女は終了後には従順なペットとして彼のふくらはぎをマッサージさせられるのであった。


 ‎「……あれ、ペットってこんなことするっけ」

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